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第10話 そしてブースト


 よし、いいぞ。面白いままだった。

 がらんどう(288)は肩かいるの書籍『グリュニーガン世界(9:07~9:58)』をカウンターテーブルに置きパチパチと手を叩く。


「いやー、よかったよ。うん、よかった」

「がらんどうも読み終わった? わたしも久しぶり読んで楽しかった」

「お前らがいいならよかったわ。がらんどう、これ頼む」

 冷やしていたシャンパンを取り出した肩かいる(45,366)は、オープナーをがらんどう(288)に手渡す。

 


 肩かいる一家総出で行われた家族会議の結果、かいるが住んでいないのならという理由で土地と建物を売却することが先週末に決定。がらんどうと寝ね子の存続運動もむなしく、スナックるいかは完全閉店から完全消滅の道をたどることとなった。

 

 このまま終わるのは寂しいからもう1度みんなでるいかに集まりたい。というがらんどうと寝ね子の強い希望により「さようならスナックるいか」と「肩かいるの諸々を祝う会」を合わせて開催することが決まり、今日、スナックるいか最後の日。



「どうなの?  かいる時には満足のいく感じ?」

「満足だわ。言われたらなるほどっていう部分も結構あってよお。かなり修正も入れたからな」

「うむうむ。いいじゃないか。って、おおお! これ何回やってもびびる。よし、じゃあとりあえず乾杯を」

 怯えつつシャンパンを開けたがらんどう(288)は、肩かいる(45,366)が持つグラスに慎重に注いだ。


「かいるの終わったらお願い」

 寝ね子(313)はがらんどうにグラスを差し出す。



「じゃあ感想会ということで。がらんどうからどうぞ」

 

 乾杯を済ませた後、寝ね子(313)に振られたがらんどう(288)はシャンバンを一口飲んでから口を開く。


「けっこう後ろの描写増えたよね。背景っていうか。キャラの成り立ちも含め」

「おれはweb版との違いがわかるよ、っていうのが良いと思ってる?」

 寝ね子(313)は自分で買ってきたプルーチーズ切り分けながら言った。


「ごめん……。正直表紙がいいなって」

「おいおい、おれの小説関係ねえだろ」

「いいんじゃない? 表紙も小説の一部だし」

「お、おお。おれ初めて寝ね子にかばってもらった気がする」

 がらんどう(288)は目の前のブルーチーズをつまんだ。


「別にかばってない。思っていることを言っただけだし」

 寝ね子(313)はチーズ一つひとつにつまようじを刺しながら言った。



 シャンパンが空いた後は1本7,800円の赤ワインに切り替え、今は3人共にログインしていないFPSゲームの思い出話で盛り上がった。


「結局あれだな。思い返してみると籠っているときにミラクルは起きている」

「はっは、お前ずっとそれ言うなあ。いいぞ、飲め」

 肩かいる(45,366)はがらんどう(288)にワインを注いだ。


「いやあ、やっぱりさ。あ、そうだ。寝ね子はさ、SYOGUNの呼び名どうするの? ハリウッドでやるじゃん。真田広之のやつで」

「別にここで言ったってしょうがないけど。わたし先にやってたから! わかる、違うよ? 実際に先に作っていたのはあっち。でも、知らなかったし。本当に知らなかった。それにわたしのは「SYOGUN」で向こうのは「SHOGUN」だから表記も違う。そもそも将軍なんて誰が使ったっていいはず!」

「そうだろうとは思っていたがよ。おれはいいと思うぞ、好きにやれよ」


 本人が良くても見た人がなあ。がらんどう(288)は赤ワインをちびちびと飲む。


「ねえ、その話はいいとして。そろそろわたし達も終わろうよ」

 1本9,200円の白ワインを開けた寝ね子(313)はそう言って自分のスマホを取り出した。


「お? なんかあんのか」

「わたしとがらんどうもこの日のために調整してたの。2人とも今日で最後の投稿にするから」

「そうそう。イベントに乗っかろうとね」

「わからんがおれはどうしたらいいんだ?」

「かいるは見届けて。わたし達の最後を」

「そこまで大げさな話でもないけど」

 がらんどう(288)はスマホからなろうのマイページを開く。


 初投稿から2年半か。うん、楽しかった。2年間半で47万文字。明らかに2年目はペース落ちたけど、フルタイムの仕事をしつつ週末はごにょごにょの時間も作ってだから頑張ったよ。頑張ったっていう言い方は適切ではないな。ただ書きたくて、ただ楽しくてやったんだ。

 これで吉井とみきとも終わりか。なんかもうちょっとやれたような気もする。でもまあできなかったんだ。それまでっていうことだよ。


 がらんどう(288)は目次をスクロールしながら投稿していた当時のことを思い返していた。



「そっちは気持ちの整理はついた?」


 寝ね子(313)の声で我に返ったがらんどう(288)は小説のページを閉じる。


「ああ、うん。大丈夫だわ、思ったより整理必要だったけど」

「わたし。ごめん、まだ。もうちょっといい? 20代の大事な時間。もう戻らない時間。それをすべてつぎ込んで書いた60万文字。なんか、よくわからない感情が……」

「いいよ、そっちのタイミングにあわせるから」

「がらんどう約束しない?」

「約束?」

「ほら終わってから追加であるでしょ。その後みたいなのをほかのキャラクター目線から書く。みたいな」

「ああー、あるね。おれあんまり読まないけど」

「そういうの無しにしない? 2人とも今日で終わり。っていうことで」

「いいよ、そうしよう」

「ありがとう」

 寝ね子(313)は笑顔で答えた。


 完全に入りきっている2人を見て半笑いになっていた肩かいる(45,379)は、途中になっていた水星の魔女の続きを壁掛けのテレビで見始めたが、前後の記憶が抜け落ちていたためダイジェストを再生した。


「うん、いける! せーので投稿しよう」

 気持ちの整理を始めてから20分後、寝ね子(313)はグラスに残っていた白ワインを飲み干して言った。


「いいよ、準備はできてる」


 ばらばらに「せーの!」と掛け声をかけ、2人はそれぞれの最終話を投稿した。


「終わった。わたしの、わたしのSYOGUN が死んだ」

 寝ね子(313)は姿勢を正してスマホを丁寧にカウンターに置いた。


 別にSYOGUNが死んだわけではないだろう。がらんどう(287)はそう思いつつ柿ビーのビーナッツをつまんだ。


「そういえばお前ら完結済みにしたのか?」


 背中越しに聞こえた肩かいる(45,379)の言葉に2人は顔を見合わせた後、いそいそと自作を完結済みにした。


「せーの、はさ」

 寝ね子(313)は柿ビーの柿を集めながら言った。


「完結済みにするとこだったよね」

「どっちかと言えばそっちだな」

 がらんどう(287)は寝ね子(313)が集めていなかった場所から柿を2つ取った。


「完結したやつって伸びるんだろ? お前らの両方そこそこ文字数あるし期待できるんじゃないか」

 水星の魔女を一時停止した肩かいる(45,379)は、新しい柿ピーを開け袋のまま適当に手づかみで食べた。


「ああ、おれも聞いたことがある。いわゆる完結ブースト的なやつ」

「わたしとがらんどうぐらいであるのかな」

「おいおい、それを言っちゃあ」



 しかし数十分後、からんどう(296)、寝ね子(327)はブーストに包まれる。



 な、え? こんな入るの!? がらんどうは? きてる、おれにもきてる。すげえ、なにこのPV。こんなに読む人いるなら何で今まで……。まあ、わかるけどさ。おお、すげえな。両方みてるけど確かにお前らきてるわ。それ、ちょっとかいるに言われるとへこむ。わかるよ、寝ね子。なんだろうなあ、こう調理実習で上手くできたのをセブンプレミアムの開発者に見られてるみたいな。



 からんどう(308)と寝ね子(336)、傍にいた肩かいる(45,389)を包む完結ブーストは膨張しつづけ、ある瞬間大きく弾けスナックるいか店内に舞った。


 それらは彼、彼女らが作り出した言葉そのものであり、互いに反射して鈍く光り散っていく様を、がらんどう(309)は1本2,500円の赤ワインを飲みながら眺めていた。


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