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第1話 るいかの夜

 

 札幌市市営地下鉄東豊線東区役所前駅から徒歩15分。

 一軒屋の1階を半ば無理やり改築した雰囲気が漂うスナック「るいか」の前に立ったがらんどう(2)はスマホのモニターに表示された住所を確認する。

 

 19時55分。20時集合だから時間はいいんだけど。これ間違ってないよな? 肩かいるがやってるから「るいか」なんだよな? 

 

 ドアの前で4度住所を確認してから、がらんどう(2)は大きく息を吐いてドアノブを掴んだ。


「こんばんは」

 そう言って店内に入ると、席に座っている寝ね子(74)とカウンター内でスマホを触っている肩かいる(7,965)が目に入る。


「あ、がらんどう?」

 寝ね子(74)はジョッキを置いて手を振った。


「どうもどうも。いやあ、かいる本当に店やってるんだなあ」

「見ての通りの小さい店だがな。ビールでいいか?」

「いいよ、ありがとう」

 店はL字型のカウンター10席のみで、がらんどう(2)は席を一つ空けて寝ね子(74)の横に座る。




 元々がらんどう、肩かいる、寝ね子はその辺のFPSゲームで知り合い、ふとした時に全員が札幌市在住ということが分かり意気投合。そして別のその辺のアプリを介してやり取りを重ね、肩かいるの発案により最初のオフに至った。


 かいる40代、がらんどう30代、寝ね子20代と年代に開きはあるものの共通の趣味としてアニメ、漫画があり基本的に話題は尽きなかったので、その後もすすきの、札幌駅周辺でアルコールを摂取する単純な飲み会が開れた。

 

 そして3回目の狸小路で開かれた会の終盤、肩かいるがスナックをやっていることが判明する。

 

 なぜ言わない? いや、普通になぜ言わない? という2人の激しい問い詰めにより、肩かいるの了承を得て次回は肩かいるの店で集まることが決定。その流れで、2回目から続く3人で何かをやろうという話し合いに入り、映画、バンド、漫画、アニメ等が候補に挙がったが、現実路線からそれぞれ小説を書くということで落ち着ついた。

 その場では「やるー、おれもやるやるー」と言っていたがらんどうだが、翌日の夜、自分だけが書いていた場合のダメージを想像した結果、2人の様子を見ながら考えることにし、いつしかそのことを忘れ日常を過ごしていた。


 そしておよそ1か月後、ゲーム中に寝ね子と肩かいるが既にある程度の量を投稿していることを知ったがらんどうは、やべえやべえと焦りまくり、通勤途中も思いついたことをメモしつつアイディアを固め、15,000文字程度溜まったところで2人に合わせて小説家になろうに投稿。そして現在に至る。

 



「で、もう読めるの?」

 寝ね子(74)はスマホを取り出しながら言った。


「一応5話まで。これねえ、ずっとアクセス解析してしまうというか。トイレ行った時とか。あ、今リンクを」

「わかるわかる。最初はみんなそうだよ。あ、これ? 『泥状のギギルコン』っていうの」

「そう、それ」

「……タイトルについてはまあいいんだけど。ほら、かいるも読んでみようよ」

「おう、いいぞ」


 2人がスマホで読み始めた瞬間、これまでに感じたことのない居心地の悪さを覚えたがらんどう(2)は、同じくスマホを取り出した。



 寝ね子の小説『SYOGUNに見初められる日~平民のわたしが溺愛されすぎてDAIMYOUも困っています~』については、初めて読んだ溺愛小説でがらんどうとしても評価に困っている部分があるが、肩かいるの『ライ、川端のマイン』は素直にやばい小説だと認識している。

 10話(41,000文字弱)ですでにブクマおよそ8,000。突如、建造部に入れなくなった人間と、建造物から出られなくなった人間に二分された世界を描くというパニック物だが、第1話を数行読んだ瞬間、そのクオリティの高さから、あ、これはだめだ、だめなやつだ。と、がらんどうは自分と比べることを諦め、同時に過疎ジャンルにあってもきちんと評価されていることに対して、お前らわかってるやん? と少し嬉しくなった。



「読んだ。かいるは?」

「まだかかる」

「じゃあ、終わってからにしようか」

 寝ね子(74)はにやにやと笑いながらジョッキを傾ける。


 その顔むかつくな……。がらんどう(2)はビールを一口飲んでからミックスナッツ的なものをつまんだ。


「終わったぞ。とりあえず5話まで」

 肩かいる(7,967)はスマホを置き、サーバーからビールを注ぐ。


「かいるも同じだと思うからせーので言うよ」

「ああ、わかった」

「せーの!」


「読みづらい」

「しんどい」


 あー、まあそうだよなあ。がらんどう(2)は肩かいる(7,967)から差し出されたビールを手に取る。


「なにこれ? どうやったらこんなに一文が長くなるの? というか同級生は異世界行かないの? なら書く必要ないじゃない」

「うーん、まあそれはその……」

「慣れれば読めるがな。慣れれば」

「だからそれがだめなんだって。なんでこっちが作者に合わせて慣れないといけないの? そこは共通言語使ってよ。その上で面白くしてもらわないと。なんかこだわりでもあるの?」

「いや、それは。癖というか、その……」

「ちなみにさ。がらんどうは何読んできたの?」


 小説の話かあ、最近してなかったな。がらんどうはいくつかのパターンを思い浮かべる。


「普通に吉行淳之介とかが好きで。最近、最近でもないけど白石一文はいいかなって思う」

「外国のは?」

「よく読んだのはキングかなあ。あ、ふと思い出した。痩せる人の話でさあ、若い頃電卓でkgに直しながら読んだのはいい思い出だよ。あとはアーヴィングとか」

「……本当に一番読んだのは?」

「中島らもと東海林さだおの丸かじりシリーズ。だって面白いからつい……」

「おれ全部知らんわ。おもろいのか?」

 自分用に注いだビールを肩かいる(7,969)は一息で飲み干した。


「大体わかった。なんか自分的に思うところはあるの? ここまで書いて」

「本当に強いて言えばなんだけど。4話からね、こう、乗ってくるというか。みきっていうキャラクターが出てきたところぐらいから」

「あー、あそこな。あれはな、はは」

「それもなんだって、さっきと一緒。やれ設定を覚えてもらったハマるとか、ここまで読まないとわからないとか。違うでしょ! その過程を面白くしろって言ってるの! わたしので悪いけど、最初ね、いきなりDAIMYOUと出会って主人公のタキが認められるでしょ? で、物語が急激に動き出す。その方が絶対簡単だから。よくわからない用語を楽しく覚えてもらうよりは」


 その後も主に寝ね子からの指導が続き、がらんどうはきりのいいところで礼を言って店を出た。


 いいじゃないか、疲れたけどなんか面白くなってきた。

 午後11時30分過ぎ。がらんどう(2)は初めて感想を貰えて高揚している自分を自覚しつつ歩く。


 とりあえず家に帰ったら3点リーダーは直そう。一字下げはやってるはず。しかし寝ね子の小説のBAKUFU-TOKUGAWAとかDAIMYOUっていう表記がギャグなのかまじなのかがわからん。


 がらんどう(2)は次話の展開を考えつつ地下鉄の駅に向かった。



「まだいるのか?」

 肩かいる(7,969)は店の片づけをしながら1人残った寝ね子に訊く。


「もう帰る。明日休みだから書かないと。でさ、実際かいるはどうなの? がらんどうのは」

 寝ね子(73)はグラスに残った氷を回しながら『泥状のギギルコン』のページを閉じる。


「どうって言われても。最近はアニメしか観てないからなあ」

「……そうだったね。あ、そうだ。今度から定期で集まろうよ。今日みたいな感じで」

「おお、いいぞ。その日は他の客を入れないようにするわ」

「ありがとう。がらんどうにも言っておいてもらえれば」

「わかった。言っとく」

「じゃあ、また近いうちに」

 寝ね子(73)は支払いを済ませ、スマホを持って立ち上がった。


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