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黒い影と、白い光が同時に並走する。鞍上は、ステファンには、”槍使い”、ライヒ。レイスドゥーシェは、”天馬騎士団団長”、イングリーデ。
手綱を捌き、お互いに抜かす抜かせまいと並んで空のコースを走っていく。いわゆる併せ馬と呼ばれる者であり、併走トレーニングである。一人で、走るよりも、ライバルや、仲間と走ることにより、天馬や、馬の闘争心を湧きだたせ震わせて競争意識を持たせるのである。この場合は、お互いに競っているため、いつもよりもタイムが早くなりやすい。
二人は、手慣れたように合わせていく。レイスドゥーシェが外側に、ステファンが内側を走っていく。大きくコーナーを回り、直線へ。ライヒの手綱の握る力が強くなる。お互い、国王主催の天馬レースを出場する。
(なかなかない、お姉さまとの併走。これが、お姉さまとレイスドゥーシェ号の走り……。戦いだけでなくて、学ばせていただきますわ!)
やはり、人馬一体。向こうも呼吸ぴったりに見える。しかし、ライヒ達も、それは変わらない。何度も、一緒に旅や冒険をこなしてきた。それだけなら、ライヒ達も負けるつもりもない。
でも、今回は勝ち負けではない。できるだけ、イングリーデ達についていくこと。
ごうごうと風を切り、4つの脚を使ってかけていく。このスピードを感じているのは、2人と2頭の天馬だけ。
(この感覚、久しぶりだな……)
ステファンも、今自分に起きていることに感慨をふける。
彼は、空を飛びの野原や、荒野を駆けることはすれど、コースと呼ばれるモノを走るのは本当に久しぶりだ。
鼓動が高鳴る。身が震えていく。疲労もたまっていくが、心地よい疲労。体の感覚が、当時の頃に戻っていく。
「さあ、行きますよ。ライヒ。ついてこられますか?」
とたん、イングリーデ達は、ペースを保った状態から、飛行スピードを上げていく。同じように、ライヒ達も加速する。先行するのは、レイスドゥーシェ。その一馬身(作者注:馬が伸びきった状態での鼻先から臀部ぐらいの長さ、丸々一頭分の間の長さ)後に続くはステファン。
残り、0.6マイラー。両雄が、地へと降り立つ。コースは芝。彼らにとって、慣れた馬場である。
ステファンは、黒き影に迫ろうとするが、届かない……?一瞬焦る。否、そんなことはないはず。
ステファン、いや『ステファノメグロ』という名は、そこで終わる名ではなかったはずだ。ここから。そう、彼が真に力を発揮するのは、上り3ハロン。
(いくぞっ!)
「ええっ!」
彼が溜めていた脚は、今解き放つ。
みるみる加速していく、ステファンとレイスドゥーシェの一馬身空いていた間隔は、クビ差、アタマ差、ハナ差へ。そして、並び立つ。
(そうでなくちゃはじまらねぇぜ!!旦那! )
「ええ、そうね。レイス。でも、本当のあなたを忘れてませんよね!」
(そのとおりですぜ!姉御!)
並び立つ両雄。それは、いつぞやの景色か。それとも、見ることのできなかった理想の景色か。いまや、黒と白の天馬は、併走を忘れ、負けまいと競り合う。
お互いに鞭が入る。2頭の天馬も足早に駆けていく。黒き影か、白き閃光か。
両者、ほぼ同時に目標の地点を通過した。
ライヒ、イングリーデは、翔りながらお互いを向き合う。
そして笑いあう両者。
「併走になのにもかかわらず、熱くなってしまったわね」
「ええ、でも、とても気持ちよかったですわ。本番でもまた、このような形で競えたらよいですわね」
「ええ、今度は負けませんよ。私達」
「それは、私たちもですのよ」
本番に向けて、闘志を確かめ合う二人と二頭だった。
***
ヴェアハントカップ。これは、ライヒ達が参加する、天馬のためのレースはこう名付けられた。名付け親は、このレースの発案者の若き国王陛下。亡き先王の誕生祭による催し物の一環で、馬が好きだった先王への手向けとした行事である。無論、天馬だけでなく、普通の馬によるレースも催しされる。
ヴェアハントカップのレースの距離は、1.6マイラーほど。地上0.1マイラー(160m程)の空中からスタートし、地上の競技場へ向けて空中を飛び、1マイラーの距離を飛行した後、残りの0.6マイラーは地上の競技場に降り立つと同時に走り、ラストスパートをかけるという、天馬用のレースである。
これには、天馬騎士団の者や、所属しない天馬騎兵達の話題をさらい、参加するものが多く、試験という名で参加を振り分ける必要があった。中には、友好国の中でも、天馬騎兵の中でレースに参加を名乗り上げる者もいた。
そして、国王自ら招待したもの、自国内で振るい分けられたもの、他国の参加者を含めて、計16頭がそろうことになった。
その中には、ステファンや、レイスドゥーシェなども含まれる。その日が近づくにつれ、話題は、地上を走る馬のレースか、ヴェアハントカップかの、話題が二分されていた。中には、どの天馬が勝つかという、人気順位も発表されたという話もあったほどだ。
ライヒは、その人気順位もちらっと眼に入ったものの、さほど気にせず、槍の鍛錬へと向かう。そして、午後から、ステファンと共に競争の特訓をおこなう。双方の思いは一つだった。
(勝って見せる)
「絶対、負けない」