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ステファンがあてがわれた馬房は、ユスティツァに配慮されたためか、少し広めの馬房だった。腰を深く落とし、うとうとし始める。王都に来るまでは、飛びっぱなしだったためか、ゆっくり体を休める。ペガススというものは、飛ぶにも人一人と、大きな馬体をとばすにも、かなり魔力を使うのだ。魔力を使えば、自ずと、疲労が溜まっていくのである。遠くから声が聞こえる、誰か来るようだ。
「あら、お昼寝ですの? ご一緒にランチでもと思いましたのに」
と、木箱にごっそりもった、牧草とキャロリ(ニンジンのようなもの)をかかえるライヒが現れる。
(ユスティツァはいいのか?)
「さすがに、あの子は王女ですのよ。そこまで暇じゃありませんわ。先ほどのは、忙しい合間を縫って会いに来てくださったのですのよ」
(ふん、ホント、人間はわからんな)
「ま、それよりも、新鮮な牧草ですわ。食べてくださいませ」
ライヒは、馬房の中に入り、ステファンの近くに抱えていた木箱を置く。そこのそばに、布製の大きめのシートを広げ、自分用の保存食のパンと燻製の肉と、ドライフルーツを包みから取り出す。
ステファンは、むしゃむしゃと食べ始める。
「久しぶりの、馬房ですわねぇ、いままで野宿続きでしたから。なんというか、安心しますわね」
(ま、我々にとっては、野宿でも慣れたものだがな。初めて会って、魔獣を倒した時なんか、そのまま倒れて寝たのはびっくりしたが)
「それは野宿とは違いませんこと?!あれは、魔獣を倒すための力を使いすぎると、ああなっちゃうのですの。てか、よく覚えていますわね」
(まあな。あのまま置いて帰ろうかと思ったが、我も疲れて一緒に眠ってしまったがな)
「ええ、その後リーデ姉さま起こされて、こっぴどく叱られながらも送ってもらったのも今となってはいい思い出ですわね……。そういえば、覚えてます?士官学校に入学するまでの旅のお話」
(ああ、商人と傭兵のコンビの奴か、そういえばあいつらと初めて会ったのもその時だったな。王都まで旅路だが、なりゆきで盗賊討伐にまきこまれる羽目になるとは思っていなかったが……。ユスティツァにあったのもその時だったな)
「ええ、その時に意気投合したのですわね……」
ライヒは、燻製の肉をつまみながら、パンを食べる。はたから見れば、とても幸せそうだ。束の間の休日を謳歌する。
「そう、それで、私たちは士官学校へと、通い始めたのですわ」
(ああ、そうだったな……)
「あのころは、楽しかったですわね……。いろいろと辛いこともありましたけれど、それも含めて、いえ、それを超えるがごとく楽しいこともありましたわ。あのクラスも…。あの部活も……」
(仲間たちか……)
「まあ、袂を分かれてしまった方もいらっしゃいますけれどもね……」
ステファンは、何かに気づいたように、むしゃむしゃと食べていた食事をやめ、遠くのほうへと振り向く。
遠くから誰かの視線を感じ取る。ステファンに向けるその視線の感情は、懐かしき悪友への友情か、それとも静かなる怒りか、それとも……。
「どうしましたの?」
(いや、昔懐かしい黒い隣人のことを思い出してただけだ)
と、何事もなかったかのようにむしゃむしゃと食べ始める。
黒い隣人?そんなのいたのかしら、とライヒは思いめぐらすが浮かばず、あきらめて、残りの燻製肉を口にした。
「で、作戦なのですけど」
(作戦?ああ、走り方か、それなら我に任せてくれればいい。とりあえず、少し前の方を走って、そこから、ビュンビュンと抜き去って、最後にドゴーンだ)
「長年付き合っているからわかりますけれど、いつもいつも抽象的すぎますわね……」
(ふふん)
「いえ、褒めてませんわよ。あなたがレースが得意なのはわかりますけれど、まだ私が慣れていないのですわ。練習させてくださいまし。キャロリは……、ああ、好きなものは最後に残す派でしたわね」
(ああ、好きなものは楽しみに取っておく。見せ場も最後まで取っておくていうやつもだ)
「ええ、そうですわね」
ライヒは、携帯食を食べ終え、大きく伸びをし、片づけをし、立ち上がる。
「さて、食べ終わりまして、少し休んだらひとっ走り行きますわよ。なにせ、時間は有限に使えるのではないのですから!」
***
ライヒは、参加する天馬のレースを掴むために、ステファンに騎乗し走る。ステファンが伝えるには、元競走馬という、生まれ変わる前は似たようなことをしていたという。
ライヒとステファンは、感覚をつかむために想定されたレースコースを走る。手綱を握り、空を飛び、1マイラー(作者注:2500mほどと考えていただきたい。マイラーとはこの世界での単位の一つ。1マイラーは現実世界でいうヤード・ポンド法の1マイル=1600mにほぼ近い長さ。競馬が好きな方は、マイルのつくレースの距離とほぼ同じと思っていただきたい)を飛び立った後、そのまま着地し、地上を走る。人馬一体となりて。息を合わせて。
徐々に徐々に、加速する人馬。想定されたライバルたちを蹴散らし、勝利するは自分たちを想像する。
しかし、ステファンは、まだ納得していないでいた。
(やはり、前のようにはいかないか……。もう、この体との付き合いは長いのだが……)
無理もない。彼にとっては、久しぶりのレースであり、それも、飛行することには、慣れているとはいえ、本格的にレースとしての飛行は初めてだ。
「しっくりこない感じですか?」
(まあな)
「過去のあなたは存じ上げませんが、聞く限り普通の馬だったのでしょう?でしたら、羽根がある分、重量があるのは仕方ないかと……」
(それだけではないはずなのだが……走り方か?いや……)
(旦那ぁ!そりゃ、並走する相手がいないからじゃねーですかい?)
「このいななきは……!」
そこには、天馬騎士団団長であり、ライヒの幼いころの姉代わりであったイングリーデとその愛馬、レイスドゥーシェ号の姿があった。彼は、黒鹿毛が生える天馬である。レイスドゥーシェも生まれ変わる前は競走馬であり、ステファンの過去にて、対決したことがあった。その時は、ステファンが敗北を喫する結果となったが。
「お久しぶりね。ライヒ。元気そうでよかったわ。また、会えて嬉しい」
「私もですわ。リーデお姉さま。同じ、天馬騎士団とはいえ、部隊と立場が違うとこうも、中々会えませんわわね」
お互いに、にっこりと微笑み合っていた。