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これは、一人の槍使いの少女と一頭の元競走馬のいつか訪れる未来のお話か、それともたどることがない未来のお話。
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王都の城門の前に、一頭の葦毛の天馬が降り立つ。その背には、槍を背中に携え、手綱を握る、ショートの灰色の髪が綺麗に映える、軽装の鎧を着た妙齢の乙女をのせて。
「ああ、全然変わっていませんわね。ここも。久しく見てなかったというのに、まるで昨日までいたかのようですわ」
(ここを出て、お前たちの時間でいう所の『4年』だったか?ライ)
「ええ、そうですわね。長いようであっという間でしたわ。まあ、用が過ぎればまた、ここを去りますけれども。ステファンこそ、懐かしさという物はありません?」
(さあ、どうだかな……?まあ、うまい、牧草の一つや二つくれたら、こみ上げるものはあるかもしれんだろう)
「まあ、食い意地を張っていますわね」
ステファンと呼ばれた天馬と、ライと呼ばれた女騎士は『動物会話』で軽口を言い合いながら、城門を見上げる。そう、一人と一頭で王都から、出発するときに見た光景と変わってはいない。それほど、堅牢にそびえたっていた。
(そういえば、どうしてここに来たんだっけか?)
「なんでも、現国王主催で、天馬のみで集められた競争を開催するとのことで、そこに私たちが呼ばれましたのよ?」
(……競争か)
ステファンは、レースという言葉にどこか思い更けるものがあった。『彼』はここに生まれ変わる前は、競走馬だった。それも、『中央』で活躍しており、「ステファノメグロ」という名前で、最強の名に上がるうちの一頭に数えられるほど。
かなり、遠い記憶ではあるが、けれどもその時の記憶はこの世界にいても、忘れることはできない。
ステファンの体が、多少震える。それは久しぶりのレースであるのか。それとも。
ライヒは、城門前を守る衛兵に懐から書状を渡す。衛兵はそれを確認し、別の衛兵に見張りを引き継ぎ、奥へと引っ込む。
数分後、城門が上がった。どうやら、許可が出たようだ。
すると、奥から、気品のある衣服に身を包んだライと同年代の女性が、これまた風格のある馬とともに現れた。
「ライさーん!」
「殿下、お迎えいただき、誠に感謝いたします。本日もお日柄もよく…」
と、ライはステファンから降り、恭しく平伏しようとすると、
「まま、待ってください!そこまで堅苦しい挨拶は無しで。公式の場ではありませんし、お忍びできましたので」
と、懐からレンズがぐるぐるの形をしている眼鏡をかけ始める。
「っと、こちらの方が、ライさんのとしては良かったでしょうか……?」
「うふふ、そうですわね。……お久しぶりですわね。ユスティツァ」
「ええ、おひさしぶりです。ライヒ」
(おいー! 吾輩もおるぞ!)
「ああ、あなたもお久しぶりですわね、マーノ」
と、マーノと呼ばれた風格のある馬の顔を、ライヒは優しくなでる。
(相も変わらず、こちらでも見た目も、中身も元気そうだな、オマエは)
(はっはっは。そりゃ、そうだろ。久しぶりにオヌシとも会えるんだからなー!)
マーノ。こちらも、実は元競走馬から異世界転生し、サラブレッドのままで生を受けた。現在の国王の愛馬である。
「兄から聞きましたけれど、ライ、出るんですよね?あのレース」
「ええ、もちろん、出ますわ。陛下から、じきじきのご指名ですもの、がんばりますわ」
「ごめんなさいね。ほんと、兄の思い付きは急で……。いや、国政とかは、行き当たりばったりじゃないんですけどね……」
ユスティツァは、すこし苦笑いをする。
「でも、良い機会でしたわよ。そうでもなければ、こちらに来ることはなかったのですもの」
「そう言ってもらえると、安心します」
と、ユスティツァはぐるぐる眼鏡をクイっとあげ、
「で、勝つ自信はありますか?」
「出るには、勝てたらいいなとは思いますけれども……」
「勝ってください」
「へ?」
どういうわけか、そこはかとなくユスティツァに圧をかけられるライヒ。いつもは、気弱な感じな彼女であるが、たまにライヒがたじろぐような圧をかけられる時があり、学生時代を知っているライヒからしてみればそこも変わっていない。
「レース。勝負事ですから、やるからには勝ちますよね?」
「か、勝ちますわ……」
「うん、それでこそ、私の親友です」
と、さっきの圧は何だったのかというように、ユスティツァはにっこりと笑う。
「さて、ここで立ち話も何ですし、とりあえず、ライがレースの間に、過ごしていただく場所を案内しますね?」
久しぶりの、友人との親睦を深めていたのだった。