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寄席沈没

 えー、毎度馬鹿馬鹿しいお笑いを一席。

 なんていう出だしから始まる落語は、最近ではとんと見られなくなったようだが、この噺の冒頭にはいかにもピッタリだ。

 この噺はいわゆる異世界転生ものである。だから、長ったらしい枕は抜きにして、とっととこの噺の主人公に現実世界から退場してもらわねばならぬ。

 それでは早速、彼に登場してもらうとしよう。どんな人物かというと、特に詳しい描写を必要としない。単なるダメ男である。どうしようもないダメ男である。何がダメって、ダメ男の審査にも失格したような、ダメ男中のダメ男である。こんなダメ男は、到底現実世界で生きるに値しない。落語の世界にしか居場所はないのである。

 名前を仮に、山田与太郎としておこう。

 この与太郎、歳は50過ぎ、顔は座布団運びレベル、人間というよりはむしろ出来損ないの湯呑み茶碗に似ている。

 金無し、友達無し、職業無し独身。もちろん年齢=恋人いない歴である。

 生まれてこの方、いいことなどあった試しがない。この世にオギャーと生まれ落ちたとき以来ずっと呪われている、いや、きっと七代前から祟られていたであろう、不幸中の不幸を絵に描いたような男だ。

 生きていたってしょうがないと、自殺を試みること数度。だが、その度に自殺にも失敗するという、とことんダメな男である。

 そんな与太郎がある日歩いていた。どこだっていい。場所なんて読者のご想像にお任せする。とにかく何やら騒がしい音が聞こえてきた。

 チンチン、ドンドン、チンドンドン。

 チンチン、ドンドン、チンドンドン。

(おや、今時珍しいチンドン屋じゃねえか。チラシを配ってやがる)

 与太郎の関心を惹いたのは、それが若い娘さんだったことである。

(ひょ〜、これまた別嬪だな。ま、俺には関係ないか)

 素通りしようとしたが、フラフラと吸い寄せられるように近付いていった。ここで一句。人生を諦めていてもスケベかな。

 謎めいた微笑みを浮かべたチンドン屋の娘に一枚の紙を渡された。

 チラシかと思って見ると、それは落語のチケットであった。

(何だよこりゃあ、あれ?)

 いつの間にかチンドン屋の娘はいなくなっていた。

(はて、どこ行った?)

 こんなもの捨ててしまおうかとも思ったが、どうせ暇である。近くでやっているようだったので、見に行くことにした。

 寄席の暖簾をくぐると、もう既に演目は始まっていた。高座では剽軽な眼鏡をかけた噺家が熱弁を奮っている。

(へっ、途中から聞いたって面白くも何ともねえやな)

 ふわあ〜っと大きな生欠伸をした与太郎の目に、驚くべきものが飛び込んできた。

(何だ、ありゃあ?)

 黒い小さな渦巻が、空中に発生していたのである。与太郎の乏しい学力と想像力では、それがブラックホールだということが分からなかった。

 だがそのブラックホールは、どんどん大きくなると、無慈悲にも与太郎を飲み込んだ。

 憐れ与太郎、その苦悩と絶望に満ちた人生は、誰の記憶にも留まることなく、時空の狭間へと吸い込まれたのであった。


※寄席沈没…三遊亭圓丈師匠の創作落語。ブラックホールが発生する描写がある。

※チンドン屋にチラシをもらうのは、提灯屋という演目。

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