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第四話

「グレイシア、なにそれ?」

「え?……あ、ああ。お守り?」


 数日後、エプロンにモビウスから貰ったお守りを付けていたグレイシアに、目敏くヴィクトルが声を掛けた。


「ふぅん……」


 ヴィクトルはじいっと目を眇めてお守りを睨みつけている。他の人に貰ったと知ったら面倒なことになりそうだと、グレイシアは内心でため息をつく。


「それ、誰かに貰った?いつも付けてるの?」

「え、ええ…常連さんから。厚意を無下にはできないでしょう?だから仕事中だけ付けています」


 少々言い訳がましくなったかな、と視線を外したグレイシアは、はたとなぜヴィクトルに後ろめたい気持ちを抱いているのかと考え直した。別に何もやましいことはないし、そもそも恋人でもないのだから誰に何を貰おうとも気にする必要はないはずだ。

 自分の中の感情の変化に僅かに戸惑いを感じる。


 一方のヴィクトルは、怒るでも泣き喚くでもなく、ただじっとお守りを睨みつけている。そして静かに口を開いた。


「そう……そういえば、グレイシアって今恋人とか、好きな人っているの?」

「え?今更すぎません?」


 散々口説いて来たくせに、本当に何を今更、とげんなりするグレイシアだが、ヴィクトルの様子はいつもとどこか違っていた。


「あはは、勇気がなくて聞けなくてさ。でも、もしグレイシアに決まった人がいるなら…」


 なんだ?始末でもするつもりか?


 密かに身構えるグレイシアに、ヴィクトルは穏やかな表情で語りかけた。


「どうかその人と幸せになって欲しい。でも僕からグレイシアを見守る権利は奪わないでくれないか?」


 グレイシアはその言葉に愕然とした。

 なぜか腹の底から怒りが込み上げてくる。


 他の男と結ばれてもいいと言うことなのか。あれほど運命だ、好きだ、結婚してくれと(のたま)っていたのに、余りの変わりように二の句が継げない。


「……あなたの気持ちはその程度だったのですか?」


 ようやく発した声は、自分でも驚くほど低く冷たかった。


 なぜこんなにも苛立つのだろう。

 恋人がいようが、奪ってみせるぐらい言えないのだろうか。結局あなたの気持ちなんてその程度だったってこと?


 ふつふつと怒りが込み上げるグレイシアに対し、ヴィクトルは依然として穏やかな顔をしている。


「そりゃあ僕がグレイシアを幸せにできるなら、それに勝ることはないさ。でも、今グレイシアが幸せなら…それを壊してまで自分のものにはできないよ。僕の一番の望みは、グレイシア、君の幸せだからね」

「……あなたの気持ちはよく分かりました。私は私で幸せを掴みます。ですからもう私に近づかないでください」

「グレイシア……」


 ヴィクトルは悲しげに眉を下げたが、グレイシアは何故か泣きそうなほど気持ちが昂っていた。きゅっと綺麗に磨かれた床を鳴らしながら、ドスドスとカウンター内へと戻っていった。


 ヴィクトルはカップに視線を落とし、ぐいっと一気に煽ると、お勘定を置いて店を出ていった。


 店内にはカランと乾いた鈴の音だけが虚しく響いた。

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