第八話 「死路の分かれ道」
ほんっとうに申し訳ありません。少し遅れてしまいました。
久々の投稿です。前の話を少し変更しましたのでよろしければご確認ください。
「───、早───ろ」
なんだよ。うるせえな。あともうちょい…。
「──、早く───」
いや、あと少しだけ…。
「早く起きろっっってんだ!!!」
「んがっっっっっっ!!!」
先ほどまでしっかり気絶していたラデスは、ローザの拳骨によって無理やりたたき起こされた。
朝日が道場の窓から差し込んでいる。昨日から丸一日寝ていたのだろうか。
ラデスはまた、あの治療所かと思ったがこの年季が入った天井を見るにどうやら違うようだ。
そして呆れた顔でこちらを見るローザと、心底心配したような顔でこちらを見るノヴ含めた子供たちが彼の視界に入った。
「…大丈夫かよ」
少し申し訳そうにしながら襟足をポリポリと掻くノヴ。ちょっとかわいい所あんじゃねぇかと思いつつ、ラデスも申し訳なさそうに笑った。まあ、ほぼ俺が勝手に倒れたんだけど…。
「おう、大丈夫だ」
そう言いつつ、ラデスはむくっと起き上がる。体に疲労感がある割にはすぐに起き上がれたので少し驚いた。しかしその驚嘆の余韻を味わう間もなくラデスは、ローザに無理やり立たされた。
「よくやったなぁ!!こんな短期間で出来たのはお前で二人目だ!!」
そう言い、ラデスの頭をわしゃわしゃと撫でるローザ。
正面からしっかり褒めてくれたことは、ここに来てから初めてのことだった。
まさか褒められるとは思っていなかったため、ラデスは少しにやけてしまった。
「何笑ってんだ」
「いでっ」
…また小突かれた。さっきとの落差がひどい。俺はこの先、何回シバかれるんだろう。
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ラデスが目を覚めてから半日経った。一応彼は怪我人のはずだが、もうラデスは文句すら言わなかった。
「なあ、洗濯物ってここでいいのか?」
「…うん」
「…い、市場いかないか?なんかうまい物買ってやるよ。ローザの金でだけど」
「今日は…いいや」
「…そうか。なあ──」
「買い出し行ってくる」
目が覚めてから露骨にラデスを避け始めるノヴ。そのいつもとは違う雰囲気に他の子供たちも何かを気づいた様だった。
ローザにお金を貰ったノヴが買い出しに行った隙を見てラデスはローザに話しかける。
「あの…」
「あ?なんだ」
「その、ノヴが孤児院に来る前ってどうしてたか分かりますか?」
「聞いたことねえな。親に捨てられたんじゃねえのか?」
ラデスは顔にこそ出さなかったがとても驚いた。でも当然だとも思った。
あんなこと、話せるわけがない。
「…どうして急にそんなこと聞くんだ?」
「あ、いや、なんでもないです」
そそくさとその場を後にするラデス。ローザはその後ろ姿を眉をひそめながら見るだけだった。
…ただそれだけだった。
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「ねえーノヴ兄になんかしたのー?」
「わるいことしたのー?」
「ああ、いや…」
昼食を済ませたラデスは子供たちからの質問攻めに遭う。何も知らない彼らの純粋無垢な瞳を見ていると疲れも吹き飛ぶというものだ。
ラデスは確信に変わりつつあった疑問を確信へと変えるため、逆に彼らに質問する。
「なあ、お前らってノヴが孤児院に来る前どうしてたか知ってるか?」
「しらないよー」
「ノヴ兄ってぜんぜんじぶんのはなししないよねー」
「でもねでもね、ノヴ兄ね、たまにだけどすっっっっごくかなしそうなかおするんだよねー」
「うんうん、だからそのときにみんなで飴さんあげたんだよねー」
やっぱりだ。あいつは自分の過去を話していない。少なくとも道場のみんなには話していない。もしあいつが一人でこのことを抱え込んでいたとしたら、かかる心労は相当の物だろう。
俺もそうだった。今でこそ慣れたが、ユーキを励ました癖に子供の頃はよく悪夢を見ていた。もうあの時のことは思い出したくもない。
あいつを助けてやらなきゃ。
「ねえーラデスぅ。さっきからどうしたのー?」
少し考え込んでしまった。少しの間遮断していた子供たちの声を再び耳に入れながら、ラデスは彼らに一つのお願い事をする。
「なあ、お前ら」
「なーに?」
「もしノヴがまた辛そうにしてたらさ、飴をあげるとかでもいいからあいつに話しかけてやってくれないか?」
「なんで?」
「いいか?元気ってのは周りに移るんだよ。お前らが元気にあいつに話しかけりゃああいつも元気になるから。俺とお前らとの約束な?」
「うん!わかった!!」
「よし!お前らは偉いなー!」
「でも飴はラデスが買ってね!」
「うぐっ!一人一個までな…」
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夕暮れ時、ラデスは道場の裏庭で夕日を眺めているノヴに話しかけた。
「なあ、少し話いいか?」
「…うん」
こちらを見ずに返答するノヴ。いつもと違う彼の少し低い声は、活気を含んでいない。
しばらくの間夕日に当たっていたのだろうか。彼の横顔は少し赤く焼けているようにも見える。
ノヴの隣に座るラデス。彼は少し声を震わせながら話し始めた。
「お前さ。あの…何歳なんだ?」
「…なんでそれ?」
「いや、俺さ。三週間くらい住み込みなのにお前とか、あいつらの事何にも知らねぇなと思って…」
「…11歳」
「…そうなのか」
「お前の里親にお前の…、その…昔のこと言ったのか?」
「言ってないよ」
「…そうか」
その言葉を境に会話が途切れた。彼を見ると、どうしても彼の辛い過去が頭によぎってしまう。
…何も言えなくなってしまう。
沈黙が続く中、その均衡を破ったのはノヴだった。
「…なあ、ラデス」
「なんだ?」
「俺、生まれてきてもよかったのかな?」
彼の口から出た言葉は11歳の子供とは思えないほど重たく、冷たく、暗く、悲痛に塗れたものだった。
自己否定はそのまま、続いていく。
「生きなきゃいけないって分かってんだけどさ。時々夢に見るんだよ。村のみんなが俺の足にしがみついて、血の涙を流しながら俺に言ってくるんだ。なんでお前なんだよって、ふざけんなって、お前のせいだって」
「俺はみんなの前で強いふりをした。心配かけたくなかった。…でもふとした瞬間にあの夢が頭をよぎるんだ。そんで…、死にたくなる」
「なあ、ラデス。俺は、どうしたら…いいんだ?」
彼は縋るような目で、こちらを見る。
そうか。こいつは…同じなんだ。俺と同じ。全部失って、絶望して、今にも消えようとしてる灯火だ。
ならかけてやれる言葉はこれだけだ。
「ノヴ、お前は生きなきゃなんねえ。どんだけ苦しくても生きなきゃなんねえ。心がぶっ壊れようが生きなきゃなんねえ。死んでも生きなきゃなんねえ。それが、託された者の責任なんだ」
「だがな、一人で生きろとは言ってねえぞ。お前がもしどうしようもなくなっちまったらローザでもいい。そこらのおっさんでもいいから話を聞いてくれる奴に頼れ。わかったな」
ラデスは少し笑って呆れたようにノヴに伝える。
自分がこんな事言われたら、きっと甘えてしまう。また甘えてしまう。
俺は違う道を選んだ。もしかしたら道半ばで死んでしまうかもしれない。でも俺は決意した。だけど、こいつには無理してほしくない。こいつは幸せになってほしい。
悲劇しかなかった彼の人生に捧げるこの言葉。
理解できたからこその、その言葉。
「お前はまだガキなんだ。何でも一人で背負い込むんじゃねえよ」
ノヴの目が、曇りがかった彼の目が晴れていく。
溢れそうになった涙を堪え、顔を隠し、強がってこう言う。
「ガキっていうんじゃ..ねぇ....よ.........」
ラデスはノヴの頭を優しく撫でる。
──こうして、道は分かたれた。