第七話 「大人子供」
最初に特訓を始めてから三週間が経った。最初こそ筋肉痛で体が全く動かず、ローザにガチギレされたが、最近は筋肉痛も少し収まり始めている。ラデスは己の体が成長していると肌で実感していた。
走りながらラデスは呟いた。
「今の俺ならゴブリンくらいは…」
「調子に乗んな」
後ろからローザが話しかけてきた。本人曰く30手前らしいが、それで10km走りながらついて来る。おそらく肉体の全盛期ではないだろうが、それでも息切れせずについて来る。改めてローザの凄さを知るラデスだった。
「おっ!あんちゃんまた走ってんのかぁ!!」
「頑張れよ!!」
三週間も走っていると、西区の住人に話しかけられることが多くなった。最初は邪魔だと一蹴されるのがほとんどだったが、今は応援してくれる声も増えてきている。
「はあ、はあ、ありがとよ!!」
「しゃべりすぎで息を切らすなよ。もっと集中しろ。」
声援に答えようとしても、冷静な一言で現実に引き戻されるラデス。少し慣れてきたといっても10km走るのはまだまだきつい。今日こそ全力で走りきる。気合を入れるためにラデスは──
──うおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!
「だからしゃべんなって! 馬鹿!!」
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「ふぅっ!ふぅっ!ふぅっ!ふぅっ!ふぅっ!」
「いいぞー!!頑張れラデスー!!」
なんとか10km走り終え、次は道場の裏庭で腕立て伏せをしているラデスだが、普通と違う点として背中に茶髪で、黒目の子供が乗っている所だろう。その子供が応援している。なんとも異様な光景だ。
鍛えられるとはいえ、筋肉ダルマしかやらないような鍛錬方法だ。
ローザから腕立て伏せをやれと言われたとき、道場に通っている子供たちがそれを聞いていた。
「なんで毎回ぃ…お前乗ってきてんだぁぁ。くっぅぅ」
「いけー!いけー!!」
「ぐぅぅぅぅぅぅ」
「おらー!おらー!」
「ちょっ。あんま動く──ぐへっ!!」
あまりに暴れるためラデスは体勢を崩し、胸から落ちた。
三週間、ずっとこの調子だ。さすがにストレスが溜まる。
そしてこの瞬間ついにラデスの我慢の限界が来た。
「ウゥゥゥガァァァァァァァァァァァァァァ」
「あ、おこった」
「いい加減にしろ!!!クソガキ!!!!!!」
「クソガキじゃねー!子ども扱いしてんじゃねーよ!おれにはノヴっつー立派ななまえがあんだよ!!」
「じゃあ、ノヴ!!もう俺の背中に乗んな!!!」
「べつにいいだろ!ローザにも許可とったぞ!!」
嘘だろ…?あいつ俺のこと殺す気なんじゃねぇのか?
ていうか絶対嫌いだろ…。
「おい。何サボってんだお前」
背筋に寒気が走る。あの魔将軍に殺されかけたときと同じだ。
ノヴを含めた子供たちが一瞬でどこかへ去った。
圧倒的捕食者に睨まれた子兎の如く、震えたラデスは恐る恐る振り向いた。
そこには般若が腕を組み、仁王立ちしていた。
「いや、俺じゃなくてこいつが」
「知るか。道場へ来い。」
もう終わったと絶望しながらとぼとぼと道場に向かうラデス。
周りで子供たちが憐みの目で見ているのが分かる。
ふざけんな。 糞が。
「お前にはこれから罰を与える。」
「はい…。俺は死ねばいいんでしょうか。」
「違う。ノヴと勝負しろ。」
「え?」
驚きの一言だった。半ば死を覚悟していたラデスにとってローザから提示されたものはあまりに拍子抜けで予想外なものだった。
「今のお前じゃノヴには勝てん。年下のガキに負ける悔しさを味わってもらう。」
「はっはー!そういうことなら早く言えよ。ローザぁぁ!!」
どこからともなくノヴが出てきた。現金な奴だ。さっきまで隠れていたくせに。
「よっしゃああぁぁ!やってやるぜぇぇぇ!!」
自信満々の表情で構えをとるイヴ。ラデスもすぐに構えようとした。しかしその時──
「えっ?」
不意にラデスの体が宙に浮いた。ローザと戦った時と同じだ。
ラデスはそのまま頭から落ち、ぐへぇと情けない声を出した。
「当人はこんなんだがノヴは微小かつ、しかも足だけだが体に魔力を流すこともできる。」
「どーだ!!すごいだろ!!!ボケナスぅぅぅ」
「この年で魔力を流せる奴はかなり少ねぇ。まあノヴに才能があることは確かだな。」
「へっへーん!ばーかばーか!!!」
ローザの称賛に間髪入れず、ラデスを馬鹿にするノヴ。
だが未だに魔力を体に流すことが出来ないラデスにとってノヴの実力が高いということは認めざるを得ない現実だった。
「よし、これからお前のトレーニングにノヴとの乱取りも追加する。あとお前、勝つまでノヴに敬語で接しろよ。」
「いや、それはおかしいでしょ。なんで年下に敬語なんすか。そもそもこいつが──」
「なんか言ったか?」
「…すいません。」
…理不尽だ。まじで理不尽だ。
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「よいっしょー!!」
「うおっ!」
あれから4時間が経った。さっきからノヴに殴られ、蹴られ、投げられ、叩きのめされる時間が続いている。集中力も切れて、ラデスの視界がぼやけ始める。
──はあ、はあ、まじで見えねぇ...
「よそ見してんなよー!!!」
「んぐっ!!」
考える暇もない。攻撃が終わると同時に攻撃が来る。自分の時間が止まっているのではないかと勘違いしそうになる。
きつい。疲れた。休みたい。もうやめたい。もう攻めないで。
年端もいかない子供に圧倒されている事実。精神的に追い詰められ、どうしてもネガティブな思考に陥ってしまう。
ああ、やばい。意識飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。とぶ。とぶ。とぶ。とぶ。とぶ。
──とんじまう
「そんな顔で勇者になるって言ってんのかよ。ラデス。」
いつのまにか攻撃をやめ、落ち込んだ顔でこちらを見ているノヴ。
「まだ言ってなかったけど、ここに通っている子供たちはみんな孤児なんだよ。孤児院からここに通ってる。魔物に魔族を殺された奴もいるし、親に捨てられた奴だっている。」
「俺の村は貧乏でとにかく金が無くて、明日の飯を食うのにも苦労してた。その村では一年に子供を産む人数が決まってんだよ。食料を少しでも残す。そして村が滅びないようにするためだ。当然その掟を破れば、みんなから非難される。村八分だ。」
「…俺の村には掟がある。規定以上の子供を産んでしまった者と子供に対する罰。なんなのかわかるか?」
──その子供とその家族を食うんだよ。
突然の告白に目を見開いたまま動けなくなるラデス。ノヴは淡々と話し続けた。
「俺が食われる前に、俺の両親がここに届けたらしい。その後、村は魔物に襲われて滅んだらしいけど。こんなことしてる所がまだどっかにあるかもしれない。でも俺は精一杯生きる。父ちゃん、母ちゃんが生かしてくれたんだ。無駄には出来ねぇ。…孤児院から出て、里親に会っても過去を乗り越えてない奴もいる。」
「だからさ。俺、ラデスがゆうしゃになるって知って、嬉しかったんだ。こんな世界を変えてくれるって。みんながごはんをいっぱい食える世界にしてくれるって。なのにさ。こんなのってねぇよ…。」
目の前でしゃべるノヴが大人びているように見えた。そしてふさぎこむ子供の様にも見えた。
彼が子供扱いされて嫌がるわけだ。
…彼は大人を、演じていた。
「たすけて...くれよ...」
心の中に広がった憂鬱な気持ちが晴れていく。それこそラデスは本心で彼にこう言った。
──ああ、もちろんだ。
「なら、俺に勝ってみせろ!!!」
急加速したノヴがこちらに向かって来る。彼をなんとか視界に捉えなければいけない。
見ろ。見ろ。見続けろ。見ろ。見ろ。見失うな。見ろ。見ろ。見ろ。見ろ。
え?
そう思った瞬間ノヴが止まった。止まったというよりスローモーションで動いている。
何が起きているんだろうか。ラデスは彼を簡単に押さえつけた。
「うぐっ!!」
「おお。ついにやったか。」
後ろからひょっこり出てきたローザ。ローザはラデスを見続けてこう言った。
「なるほど。目か。」
ラデスの黒い瞳がうっすらと灰色になっている。そしてすぐに黒に戻った。疲労感からだろうか。ラデスの体が自然に倒れた。
「たまには漢みせるじゃねぇか。」
「はい…。」
ラデスの意識はそのまま途切れた。
ここまで見て下さった皆様ありがとうございます。
誠に申し訳ない話ですが、私事で3週間ほど投稿できないかもしれません。
どうか気長にお待ちください。