第四話 「勇者の定義」
突然の言葉に驚嘆し、何も言えずにいたラデスに彼女は──
「年上には、敬語だろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
────へっ??
「おーい!! 年増ぁ!! 今日も来てやったぜぇ!!!」
道場の扉が勢いよく開き、たくさんの子供たちが入ってくる。静まり返っていた空間が、走りまわる音で埋め尽くされていく。
「だっれが年増だぁ!!クソガキども!!!!大体アタシは30手前だぞ!!!あと敬語使え!!」
「んじゃあ、おばさんだなー。」
「ついにそれを言いやがったな! 今日という今日はぶっ殺してやらあ!!!」
逃げ回る子供たちとそれを追いかける彼女。先ほどまでと違い、張り詰めていた緊張感は毛頭なくなってしまい思わずラデスの顔がほころんだ。それを見た子供たちが──
「お前も、ローザの道場に入りにきたのか? だったら俺たちの弟弟子だな!!」
「いや、俺は...」
「その辺にしときな!そいつは一応客人だ。一応な。で、あんたはここに何しに来たんだい?」
「いや、俺を助けてくれたお礼をしにきただけだ。あっ、だけです。ありがとうございます。ローザさん。」
「あ?別にそんなこと気にしなくてもいいさ。用が終わったならさっさと帰ってくれ。これからこいつらと稽古しなきゃいけないんでな。」
「はい、失礼します。」
道場から出て、空を見上げる。まだ日の光が眩しく影も伸びる気配はない。ラデスは帰ろうとしたが、立ち止まった。そして振り返る。ここなら自分は変われるのではないか。強くなれるのではないか。戦いの仕方も全くわからない自分を導いてくれるのではないか。
そう思ったときにはすでにラデスの足は動いていた。
「んん?お前また来たのか。今度は何の用だ。」
「ローザさん。あなたはあの時、'元'王直騎士だと言っていました。王直騎士といえばこの国で最も強い七人に与えられる称号のことですよね。もしよろしければ、俺を鍛えてくれませんか。勇者になりたいんです。」
頭を深く下げるラデス。その姿を見たローザは顔色を変えずこう言い放った。
「──だめだ。というか嫌だ。」
「お願いします。そこをなんとか…。」
「逆にお前に聞いてやるよ。なんで私が断ったと思う?」
「…俺が弱いからですか。」
「それもあるが、一番の理由は別にある。どうだ、わかるか?」
ラデスが口を噤んでいると、ローザはため息をつきながら、淡々と話し始めた。
「──お前が勇者になると言ったからだ。お前のような雑魚がなれるとは到底思えん。」
目の前でただただ現実を突きつけられラデスは何も言えなくなってしまった。
「それにアタシは夢追い人が嫌いなんだよ。夢ってのはしっかりとした実力と豪運を持ってる奴だけが叶えられるもんだ。見ただけでわかる。お前は魔力量も力もなにもかもが絶望的に足りてねぇ。そんなお前が夢見てんじゃねぇよ。…どうだ。何か反論はあるか?」
少しの静寂が流れ、ラデスが口を開いた。
「俺が弱いことは…そうです。ですが俺は、夢追い人じゃありません。俺は勇者にならなきゃいけないんです。親友との約束なんです。あとローザさんが言っていたことに少し間違いがあります。」
「ほう?なんだ。言ってみろ。」
ラデスは在りし日の親友との会話を思い出していた。
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がやがやと騒がしい酒場の中、二人の少年が話している。
「ねぇ、ラデス。僕は勇者って肩書、あんまり好きじゃないんだ。」
「なんでだ?勇者は世界から愛されて応援されるんだぜ?かっこいいし、いいじゃんかよ。」
懐疑的な目で見つめる彼に少し笑いを含みながら少年は言った。
「まぁ、それもそうなんだけどね。でもさ、勇者って勇気を持つ者って書くだろ?それだとさ、僕以外の人間がまるで勇気を持たない臆病者みたいじゃないか。」
「そうかねぇ。そういう意味で言われてるわけじゃないと思うけどなー。」
「僕が思うにね。勇者ってのはそんなに大それたものじゃなくて…」
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「ほう?なんだ。言ってみろ。」
今一度、ラデスは彼女と目を合わせる。思い出の中の言葉とラデスの言葉が重なる。
「あいつは勇者だった。紛れもない勇者でした。そして俺のたった一人の幼馴染です。だから俺はあいつの遺志を継ぎました。だから、…ならなきゃいけないんです。あと、勇者ってのは強い人だけがなれる物ではありません。」
「勇者っていうのは──
──恐怖に打ち勝ち、一歩を踏み出すことができる人のことです。」
その言葉を聞きローザは少し考えた後、ラデスにこう言った。
「お前の覚悟は分かった。稽古をつけてやる。だが、一つ条件がある。アタシと戦え。アタシと戦って見込みがあると認めさせてみろ。」
木刀を持ち、ラデスの方へ向ける。その顔は真剣で真っすぐだが、どこか悲しみを帯びているようにも見えた。