第三話 「真実と邂逅」
「よし、これで5体倒したな。」
まだ朝日が昇り始めたころ、大きな狼の魔物の死体を見下ろす者がいる。冒険者だろうか。体格もよく、赤髪で何より優に2mはあるだろう大剣を持っている。
「ん? なんだあいつ? っていうか、おいおいおい!!!」
何かに気付いたのか、彼女は草原をかき分けて走り始める。
これが運命の出会いになるとは、彼女はまだ知らない。
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──よし、もう帰んねーと。
勢いのまま飛び出して来たが、ここから王都までかなり距離がある。行きは奇跡的に魔物に出会わなかったが、帰りはどうなるか分からない。
「馬車が通るまで待つか、特訓のために走って帰るか…、まあ、とりあえずここを出なきゃな。」
ラデスはそう決意し、焼け跡の村に背を向けた。
「ん?なんだ?」
違和感に気付いたのはその時だ。真夜中だから見えないが、誰かが立っている。その人影の小ささから恐らく子供だろう。
近づいてよく見てみれば、女の子だった。白い髪にまるで死人のように透き通った肌の持ち主。
「お前どうしたんだ?」
「うぐっ…。わだしのぜいで、ゆうしゃさまがしんじゃったよぉぉぉぉぉ!!!!」
その瞬間、ラデスは理解した。
こいつ、ユーキに救われた女の子か?
目の前でわんわんと泣く少女を見て、ラデスは先ほどまでの自分を見ているようで切なくなった。
人が死ぬのを間近で見たのだ。こうなってしまうのも無理はない。ラデスは無意識に彼女を抱きしめていた。
「わああああん!!! ごめんなさいぃぃぃぃ!!!」
「大丈夫だ。お前のせいじゃない。」
「私を庇ってぇぇぇぇ......!!! 勇者様がぁぁぁ......。」
「安心しろ。もうだいじょおっっうっっっ」
出そうとした言葉が途切れた。その瞬間、腹部に猛烈な熱と痛みが走る。何が起きたのか理解できず、下を見ると脇腹が何かに貫かれていた。着ていた服が赤く、紅く、朱く染まっていく。
「なん.......だ......。 ご.......れ.......。」
日の光が当たり。徐々に姿が明らかになっていく。
──じ.......っぽ........?
よく見ると蛇の尻尾だった。黒い鱗にラデスの血液が付着し、なんとも表現しがたい気味悪さを醸し出している。
「あら、まだ死んでないの。あんた少し頑丈ね。ンフフ。勇者を殺した時を思い出してちょっと興奮しちゃうかも。」
透き通った声から、甲高くどこか楽しげな声に変わっていく。やがて尻尾が体から離れ、ラデスの血液がさらに地面に垂れる。
「ごぅえっふあ」
吐血し、情けない声を出す。口の中に広がる血の味が、危機感を増幅させる。
ラデスの意識が朦朧とする中、目の前の少女の形が変形していく。彼女が来ていた服の中から無数の蛇が現れ、彼女の周りを蠢いている。
やがてそれらは彼女の体の穴という穴から侵入し、彼女の体を異形のものへと変化させていく。ラデスは自分の体が冷たくなっていくのを感じながら、目の前にいる生物を見た。
──っっっっっっっ!!!!!!!
その姿を見たラデスは、恐怖に体を支配された。彼女の瞳は空洞になりそこから蛇が出入りを繰り返している。ニタニタと笑い、無数の蛇に持ち上げられた体を左右にゆらゆらと揺らしていた。
「私は魔将軍の一人、『模倣』のジオーネよ。正直、用があるのはあんたじゃなくて勇者の死体なんだけど、見られた以上ここで殺すしかないわね。んふふふ。怖がらなくても大丈夫よ。すぐに骨抜きにしてあ・げ・る♡んふふふ。」
く.....る........じぃ........。だえ........か.....だず.....け.....
苦悶の表情を浮かべるラデスを見たジオーネは身をよじらせた。見えないはずなのに、中身がない目の視線をこちらに向けてくるその姿は恐怖そのものだ。
「あっっっはぁぁぁあぁぁ。いいわぁぁぁ。その表情。最高に感じちゃうぅぅぅ.....!!!! でもそろそろ終わりよ。バイバイ♡」
無数の蛇がラデスの体を貪ろうと地を這ってくる。シュルシュルと舌を出し入れする音は彼らの食欲の表れだ。
ご.....んな........どご........ろ........で........
ラデスが諦めかけたその時、蛇が迫ってくる音が止まった。
誰かの足が見える。
「お~~い。お前生きてるか~~。かろうじて息はあるか。だが危ねぇな。」
謎の人物が振り返りジオーネに言う。
「おいお前。もうすぐ王直騎士がやってくる。今すぐ逃げないと面倒なことになると思うぜ。」
「ウフ。来るまでにあなたを殺して勇者の遺体を持って帰ればいいもの。簡単なことだと思わない?」
「ふ~ん。'元'王直騎士を何分で殺せるか、やってみるか?」
「................くそっ。」
ジオーネが蛇と共にどこかへ消えていく姿を見たのを最後に、ラデスの意識は途切れた。
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目を覚ましたラデスの視界に最初に入ってきたのはどこかの部屋の天井だった。かなりの装飾が施されており、すぐにどこかの屋敷だと分かった。
「あ! 目が覚めたんですね~~。一時は本当に危なかったんですよ~~。普通の人なら特に死んでますけどやっぱり冒険者の方って生命力強いのかな?おなかの傷はうちの回復魔導士さんが直してくれましたからね~~。」
いわれてみれば、少し痛みを感じるが普通に動ける。あの致命傷を簡単に直してしまう魔導士がいることにラデスは驚いた。
「俺を運んでくれた人はどこにいるんだ? お礼が言いたいんだが。」
「あなたを運んできてくれた方は王都西区で道場をやられている方ですよ~。」
「わかった。ありがとう。それより今は金の持ち合わせがないんだが…。」
「それでしたらその方にもらいましたから大丈夫ですよ~~。」
(俺を運び、さらに治療の料金まで払ってくれたのか。 なおさらお礼に行かなくちゃな。)
その後、ラデスは治療所を出た。
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──西区の道場ってここか。
とても栄えてるとは言えないこじんまりとした道場だ。先ほどまで人で栄えていた市場とは比べ物にならない。勝手に入っていいかわからなかったが、ラデスは思い切って道場の扉を開けた。
すると、赤髪で燃えるような紅眸の大柄の女が奥で寝ころんでいた。
「おぉ?誰だおめぇ。」
怪訝そうな顔でそう聞いた女にラデスは──
「あんたが俺を助けてくれたのか?」
ラデスがそう聞くとその女は突然血相を変え、走って近づき──
「──うおっっっ!!!」
次の瞬間、彼はラデスを思いっきりぶん投げた。壁にぶつかり、混乱して動けないままでいるラデスに彼女はこう言い放った。
「──殺すぞ、クソガキ。」