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その日、新吾はわたしに話しかけてくることはなかったが、わたしは始まった時点で計画が崩れてしまったと思い、頭を抱えた。
けれどもしばらくして、新吾がこの先もわたしの計画に介入してくるとは限らないと思い直した。
甲木新吾にボストンバッグの回収を手伝ってもらったのは計画外だったが、誰かに目撃されるのはわたしの計画の内だった。
背後から不意に声を掛けられるという形で、いきなりそれが実現されてしまったので、わたしは狼狽したが、新吾がわたしの噂を流してくれれば、教師に目撃されてそれが学校内に広まるより話が早いのではないかと冷静に考えられるようになった。
わたしは実験の最初の発見者に教師を想定していたが、考えてみれば、学校にいるのは生徒の方が圧倒的に多いのだ。
だから最初の目撃者が生徒なのは当然と言えば当然だった。
わたしの期待に反して、甲木新吾はわたしの行為の噂を広めることをしなかった。
それどころか興味すらないのか、あの日以来、個人的にわたしに話しかけてもこなかった。
普通に挨拶をすれば、授業中の会話もあったが、ボストンバッグの件は、まるで彼の頭の中から抜け落ちてしまったようだった。
そんな風にして次の火曜日がやってきた。
一時間目の授業が終わると、わたしは一目散に屋上階まで階段を駆け昇った。
甲木新吾が付いて来る気配はなかった。
わたしは拍子抜けしたが、非常用袋の紐を解くと、その中からボストンバッグを取り出して所定の位置までそれを担いだ。
フェンスから顔を覗かせて下に誰もいないことを確認すると、わたしはボストンバッグ地面に向けて落下させた。
約一秒後、この前のときと同じようにボストンバッグは鈍い音を立てて地面と接触した。
この前と違っていたのは、ボストンバッグが地面と接触してすぐに、その回収人が現れたことだ。
甲木新吾は片手でひょいとわたしのボストンバッグを担ぎ上げると、こちらを見上げて左目でわたしにウインクした。
そして、すぐにわたしの視界から消え去った。
わたしは屋上階のコンクリート壁に半身を寄せて頬杖をつき、新吾が階段を昇ってくるのを待っていた。
予想よりも速く、わずかに息を切らしながら甲木新吾がわたしの目の前までやってきた。
「ちょっと、あんた、どういうつもり?」
「池谷さんのアレが一週間ごとだとは知らなかったよ」
「じゃ、甲木くんはわたしがまたやるって思っていたわけ?」
「一人より二人の方が効率はいいよ」
そう言いながら、新吾はボストンバッグを非常用袋の中に仕舞うと、わたしを置いて階段を降り始めた。
わたしは意味がわからなかったが、非常用袋の紐を締めるとすぐに新吾を追いかけ、肩を並べて階段を降りた。
「おれは構わないけど、クラスの誰かが噂するよ」
「わたしも構わないけど、甲木くんの行動って謎過ぎだわ!」
そして、わたしたちは同時に教室に入った。
わたしたちの行動を気にかけたものはクラスには誰もいないようだった。