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 わたしの小学校最大のいじめっ子の名は高岡義春といってバッキーという渾名が付いていた。

 その渾名の由来は知らないが、推測するに、その昔その名の気性の荒い外国人が日本にいたということなのだろう。

 彼の暴力は後になって考えれば片親……というか父親が拘留されていたことが原因だとも理解できたが、それでも被害が大き過ぎた。

 わたしたちの学校ばかりではなく他校の生徒にも被害者がいたのだ。

 そして彼の被害者たちは皆一様に義春の報復を恐れて被害届けを出さないのだった。

 また加害者である義春の方も常に狡猾で――被害者に与えた腕や腹や背に拡がる痣を除けば――滅多に暴行の証拠を残さなかった。

 それで学校側でも手をこまねいていた。

 決定的な暴力の証拠が欠けていたからだ。

 さらに困ったことに、教師の中にも彼を恐れる者たちがいた。

 わたしが高岡義春をわたしの計画の生贄に選んだのは――前々から彼に腹を立てていたこともあったが――義春がわたしのことを若干特別扱いしていたからかもしれない。

 わたしも彼に殴られたことが数回あったが、その後にちゃんと被害届けを出したのだった。

 残念なことにそれは役には立たず、義春には上手く言い逃れをされてしまったが、義春は自分に逆らってきた腕力がありそうもないわたしに一目置いたようだった。

 だからといって、わたしが意見しても義春の暴力は止むことはなかった。

 それでわたしは義春を一度は痛い目に遭わせてやろうと考えたのだ。

 わたしの作戦は簡単だった。

 わたしがボストンバッグを屋上から投げ落とす日ではない木曜日の三時間目と四時間目の間の休憩時間に、わたしは高岡義春を屋上に呼び出した。

 そして、いつもの場所からボストンバッグを引きずり出すと、彼をこう煽ったのだ。

「あんたには、この中に入る勇気がある?」

 そう言って、わたしはボストンバッグのチャックを開いた。

 縦に立てれば長身のわたしの胸くらいまで長さのあるボストンバッグだった。

 膝を組めば子供が一人入るくらい簡単だった。

 義春が逡巡したので、わたしは彼を軽蔑の眼差しで睨みつけた。

 するとわたしのその行為に効果があったのか、義春が黙ってボストンバッグの中に身体を仕舞い始めた。

 最初わたしは義春が苦労してボストンバッグの中に入っていくのを、いくらか距離を置いて眺めていた。

 だが義春がバッグの中に完全に身を潜ませたそのとき、わたしは即座にボストンバッグに駆け寄って素早く最後までチャックを閉め、それを金具でカチリと固定した。

 その直後、バッグの中から義春が「うわおおおぉぉぉ……」と叫ぶ声が聞こえて暴れ始めた。

 けれどもバッグは丈夫なのだ。

 中で子供が暴れたくらいで破れはしない。

 義春がナイフの類を常時身に付けていないことも、わたしの計画に味方した。

 腕力に自身のある義春は刃物の携帯を必要と考えていなかったのだ。

 わたしはボストンバッグの取っ手部分を掴んで、初めはゆっくりと、次には段々と速度を加えながら回転させた。

 後になって考えると、あのとき良くわたしはあんな力が出せたものだと自分自身で驚いてしまう。

 わたしはハンマー投げの要領でボストンバッグをグルグルグルグルとまわし続けた。

 そして段々と高低の角度をつけて、屋上のフェンスの上を狙って、ボストンバッグを放り投げた。

 ものすごい勢いでボストンバッグがわたしの手から宙に放たれる。

 そして一直線にフェンスの上に向かって跳んで行く。

 わたしは確実にそれがフェンスを越えて下に落ちるだろうと予測した。

 それくらい綺麗な軌跡だった。

 だが――

 ボストンバッグは屋上のフェンスに当たり、一部が飛び出した金具に引っかかって止まり、地面に落下することはなかった。

 屋上フェンスの向こう側で風に揺られているだけだった。

 わたしは残念だと思うと同時に、これが今のわたしの限界なのだろうと息をハアハアとさせながら冷静に考えていた。


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