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わたしの仕事のきっかけとなった男の妻は最初、わたしに電話を掛けてきた。
面倒臭いのでわたしが白を切ると、今度は証拠があるので会って欲しいと願い出た。
それを無視していると、いきなりわたしのアパートの前に現れた。
現れた妻の目に凶器が宿っていなかったので、わたしは諦めて妻の話を聞くことにした。
妻から聞いた男の家系図は複雑で、男はそれの被害者でもあると妻は語った。
男の浮気癖の根源は幼い頃に家を出て行った母親にまで遡るのだと淀みなく話を続けた。
後にさらに複雑な事情が絡むと知れるが、男の母親は親戚の男と駆け落ちをしていたのだった。
その家の一人息子だった男は、幼くして母に捨てられる体験をしていたのだ。
話を聞くうち、わたしは妻の夫に対する母親のような愛情を感じないわけにはいかなかった。
それで妻の計画に乗ることを決めたのだと思う。
当時の自分の心の裡は、もうわからない。
妻が言うには夫は性格的に臆病な部分があって、そこを攻めれば、自分の行為に目が覚めるきっかけになるかもしれないということだった。
また、自分の浮気癖が母親の出奔と重なるものだと悟れば男の病気が軽減するかもしれないとも考えていたようだ。
夫の性格的に弱い部分を突くために、わたしとの行為の最中に妻が現れたのには驚いたが、予めわたしにそれを教える危険は侵せなかった、と後に事後処理も含めて会ったときに妻は言って笑った。
わたしとの行為の現場に踏み込んだときには、憎さや恥ずかしさではなく、懐かしい想いに胸を打たれたと聞いたときには少し呆れた。
自分も若い頃には夫と同じことを繰り返していたのを思い出したのだという。
こんな精神の妻を持っては、別の意味で浮気をしたくもなるだろうと、わたしは男の境遇を哀んだ。
だが、わたしは自分とは歳の離れた男の妻のことは気に入った。
妻の方でも、「こんなヘンな出会いをしたけど、あなたとだったらお友だちになれたかもしれないわね」と、わたしに向かってしみじみと言った。