明日僕らのせいで祖国が滅ぶ
長い戦いもこれで終わる。英雄である騎士団長を筆頭に無敵と謳われた騎士団は敵の裏をかいて本拠地までやってきた。途中、囮となる部隊を何度か残して。囮となった者たちは、全滅しているだろう。本人たちがそれを志願したし、この作戦でなければ短期間に本拠地に来ることなどできなかった。
悲しみの中進んだ、犠牲になった者たちの死を意味があるものにするために。この戦いが終われば憎しみも悲しみも一旦止めることができる。親のいない子供、消えていく命、飢え、全てを解決することができなくても何かを変えることができる。
たくさん見捨てた、進み続けた。敵の本拠地を落とすために、皆喜んで自分から犠牲になることを選んだ。
絶対に勝つ。その思いだけでここまでやってきた。
そしてたどりついた敵の本拠地は。
誰もいなかった。
ご丁寧に手紙が残っていた。
「こちらが流したデマに引っかかってくれた間抜けども、ありがとう。強い勢力であるお前たちがこんなところにのこのこ来てくれたおかげで、我々はお前たちの国を滅すことができる」
そこら中から絶叫が聞こえた。愛するものの名を叫ぶ者、怒り狂うもの、泣き叫ぶもの、ここに来るまでに犠牲になった者達と親しかった者の発狂するような声。
何のためにあれだけの数の犠牲を作って、何のために彼らは喜んで命を捧げたのか。今から戻っても間に合うわけがない、半月近くかかると言うのに。
明日、祖国が滅亡する。戦力が十倍以上、勝てるわけがない。全体の戦力半分をこの遠征に連れてきているのだから。さらにその半分はもう既に失っている。
間に合うわけないと分かっていても国に向かって戻る者達もいた。止めなかった。途中で待ち構えている敵国の兵に殺されるとわかっているから。
自分の部隊の隊長が、夜空に輝く星を見上げていた。こんな場所だと言うのに、こんな時だと言うのに、星がとても美しく輝いている。まるで宝石箱のようだ。
「おう」
ヘルメに気づいた隊長はまるで何事もなかったかのようにいつも通り笑顔で声をかけた。
「何してるんですか」
「星眺めるのはいつ以来だっけなと思って。遮蔽物が何もないからめちゃくちゃ綺麗に見えるな」
ヘルメも空を見上げる。確かに夜空を眺めるなどもう何年もやっていなかった。睡眠は体を休めるための重要な時間。敵襲がいつ起きてもいいようにすぐ動けるように常にピリピリしていた。呑気に空を眺める余裕などなかった。
「半分ぐらいは戻り始めましたよ」
何をしても無駄だと自棄を起こして暴れる者もいるが、大体は国を救うために戻り始めている。絶対間に合わないし殺されるがそれでも。この場で絶望に打ちひしがれているよりは何かをやりたいのだろう。
本拠地と思われていたこの場所は突貫で作られたただのハリボテだ。建物は正面の壁だけ整えて中は骨組みのみ。後ろは崖になっているので周囲から確認することもできず誰も気づかなかった。
「他の奴らと違ってお前は落ち着いてるんだな」
自分だってどこか穏やかな顔をしているくせに隊長はそんなこと言ってくる。
「なんかもう、ここまで完全にしてやられてしまうとジタバタする気さえ起きません。他にすることもないですし」
ヘルメはまだ十六歳だが、剣術の強さは類を見ないものだった。冷静で頭も良く、正反対のタイプの隊長と組むとお互いの欠点を補うかのように最強だと言われた。親子位離れているがいつも隊長の方がヘルメに叱られている。
「そういや家族もいないんだったな」
「母は六年前に死んでいますから。それと同時に騎士団に入ったので家みたいなものです」
「男ばっかな家族っていうのも色気がないけどな」
「隊長も結局結婚しませんでしたね。いつもお見合い断って」
「こうなると結婚しなくて良かっただろ。お前はさっさと結婚しろってうるさかったけどな。やたらと見合いの席を設けてきて」
「おっさん一人で女っ気がないのは騎士団の沽券にかかわりましたので」
「うっせえ」
殺伐とした雰囲気だと言うのに隊長はおかしそうにケラケラと笑った。残っているのは隊長を慕う部下たちだけだ。
「そういや昨日やり忘れたんだけど」
「なんですか、博打なら付き合いませんよ」
「いや。大きな戦いを控えた前、秘密の共有をするっていうのが一応習わしなんだよ」
「なんですかそれ」
「明日死ぬかもしれない。その恐怖に打ち勝つため、そして重要な秘密を共有することで仲間意識を強めたり逆に裏切り者を出さないようにする。絶対誰にも言いたくない、知られたくない秘密を共有する。俺も前の隊長から引き継いだ」
「昨日やっとけばよかったですね。もう遅いですけど」
その場に座りヘルメは大きくため息をついた。こんなふうに体の力を抜いて気を緩めるのだろう一体いつぶりだろうか。
「今からでもやってみるか」
「意味ないでしょ」
「今ここで意味があることをやる意味あるか」
「確かにそうですね。他にすることもないですし、そうしましょうか」
怒り狂ったり、泣き叫んでいた者たちはもうこの場にはいなかった。そんな者達がいたらこんな時に何をやっているんだと斬りかかられていたかもしれないが、今この場に残っているのは同じ部隊の騎士たちだけだ。
二人の会話を聞いていたらしい他の騎士たちも自然と集まってきて作戦会議をする時のように大きな輪となって全員座る。隊長が仕切る形で秘密の暴露が始まった。
「じゃあ最初、アグラ」
「俺ですか。えーっと、身辺整理してきました。恋人には別れを告げて、親にも親孝行してきました」
「それのどこが秘密なんだよ」
仲間に突っ込まれ、アグラは悪びれる様子もなく。
「めんどくせえなあって思いながらやった。どうせ死ぬからな」
死を覚悟した遠征だった。そんなものなのか、と家族や恋人がいないヘルメにはその気持ちは理解できない。
「まあ今頃は有意義に過ごしてるだろうよ。じゃあ次、セロ」
「はいはい。俺は申請書類に嘘書きました」
「何書いた」
「敵の数一桁違う数書いといた。その兵力見て何か考えてくれるかなあと思って。何も反応なかったけどな、国王も大臣も」
十倍以上の兵力の差。百倍と書いても動かなかったというのか、愚かにもほどがある。もう負けるのがわかっていたから絶望していたのだろうか。戦いに身を置いていない者達の考えることはわからない、とヘルメはため息をつく。
「こうなったのはもう天命だな。じゃあ次、ヤーゼ」
「俺ですか。そうですねえ、俺は第八部隊をギャレックの森で囮として志願者を募りましたけど。実は第八部隊の奴ら嫌いだったのでちょっとスっとしました」
「おい、割と真面目にやべえぞその話」
脇からアグラが苦笑しながら突っ込みを入れる。ヤーゼはどこ吹く風だ。
「秘密の共有なんだからいいでしょ。エリートの集まりじゃないですかあっち。ヤンチャ上がりの俺と違うから嫌いだったんですよね」
それはなんとなく気づいていた。第八部隊はあくまでエリートぶらずに仲間想いな者達だったが、ヤーゼは彼らと話をするとき目が笑っていなかった。これぞまさに秘密の共有だ。
「もっと明るいネタないのか。チグサト、お前はどうだ」
「僕の秘密。ああ、そういえば。タグマスト大臣の甥です」
「ええ!?」
数人が驚いて声を上げる。かつての戦いで騎士団長を務め、国を勝利に導いた英雄。プライベートには謎が多かったがまさか甥がいたとは。これにはヘルメも驚いた。
「コネで入ったんだろ、って言われるの嫌で黙ってました」
「あ、実力で入ったのか」
「いやコネですけどね」
「テメこのやろ」
ヤーゼとチグサトの会話にどっと笑いが起きた。タグマスト大臣は二年前に病の為亡くなった。彼がいれば戦況が変わっていただろうと今も嘆かれている。
次々と秘密の共有がされていく。もうすぐ故郷がなくなるというのに。何でもないいつもの日常のように。
おおかた共有が終わり、残るはヘルメと隊長のみ。
「ヘルメの秘密は興味あるな。お前私生活謎すぎるから」
アグラがそう言って身を乗り出すと全員がうんうんと頷いてヘルメの言葉を待つ。
ヘルメは迷ったが、どうせ明日には故郷がなくなり自分たちも殺されるだろうと思うともう本当にすべてをさらけ出してもいいかと思った。たった一つだけ皆には言えなかった秘密があるのだ。今この場で言うのがふさわしいのかもしれない。
「じゃあとびっきりの、文字通りの大きな秘密行きますよ」
「お、きたきた」
待ってました、と皆が囃し立てる。
「僕、王族なんですよね、一応」
しいん、と静まり返った。皆が笑いを消して無表情となる。
「正式な直系ではないですけど。後継者争いが起き始めたので母が出奔して今に至ります。王位継承権がいまだに男が優位ですから。僕は後継者第四位に位置するんです」
今、ここでもしも皆が剣を抜いたら抵抗する気はない、全て受けようと思った。家族を、仲間を、大切なひとたちをたくさん失っている彼らには恨む理由があるのだから。無能な王族のせいでどれだけ犠牲が出たことか。どのツラ下げて騎士団は家族などというのか。
場にそぐわずヘルメはひどく穏やかな気持ちだ。墓まで持っていこうと思っていた秘密。自分に墓ができないのなら、ここに明かしてもいいと思ったのだ。
「……?」
ヘルメの予想に反して、誰も怒らない、嘆かない、攻撃してこない。ただひたすらに静かだ。さすがにヘルメは戸惑った。何も反応がないのはどういう心境なのか想像がつかない。
「あの……」
「最後は俺だな」
穏やかな口調で隊長がいった。口調は穏やかだが、空気は戦場のようにビリビリしている。
「今回本拠地だと思ってた場所は偽物、敵軍は今頃本国へ進軍。敵が用意した偽情報に踊らされた騎士団は空振り。これな、全部俺の計画だ」
「え……?」
聞き間違いかと思った。思わず間の抜けた声が出してしまう。
「今の無能な国王を引き摺り下ろして、バカな国民を選別してから国を立て直す。かなり前から動いてた。計画できたのは、王位継承権第四位の王子が見つかったからだ」
ヘルメが五歳の時、隊長と出会った。お前は筋がいいから騎士団に来い、と言われ日々剣の修行に明け暮れ、六年前母の死と共に騎士団にきた。
「敵に本国を攻めさせているうちは、つまり敵国も戦力がほぼ国外だ。ここから近いところにあちらさんの戦力を誘き寄せてある。そいつらを殺せばこの国にも敵国も邪魔なものは全て消える。憎き敵国の主戦力を討ち取った英雄として凱旋と共に王権交代が完了だ」
ヘルメは信じられないものを見る目で隊長を見た。優しい、父のような人だと思っていたが。
今、たまらなく恐ろしい。
見れば、他の者たちはまったく動揺していない。ここに残っている者は、隊長を慕っている者たちばかり。――まさか。
「貴方が自ら口にしてくれて助かりましたよ。ここにいる全員が証人だ、貴方が王子だと」
「隊長……」
声が震える。まさか、そんな。
「みんな……」
アグラが笑う。
「さ、そろそろ休みましょう、明日は忙しくなります。せっかくいらない人間関係解消してきたんですから頑張りましょうね」
セロがうんうん、と頷く。
「敵国の兵力一桁少なく報告しておいた甲斐がありました。だから今回この遠征が実行できましたしね」
ヤーゼがニヤリと笑う。
「邪魔な戦力は全部減りましたし、俺らの唯一脅威となる第八部隊はうまく始末できた。あ、アイツらが嫌いなのは本当なんですけど」
チグサトが、にっこりした。
「我々の計画気づかれる前に叔父さん殺しておいて良かったです。屈強な元騎士団長も毒には敵いませんよね」
ヘルメは震える。これは夢なのだろうか? なんなのだこれは。
「王位継承権上位三人は今頃絶対勝てない戦いに駆り出されて死んでる頃でしょう。というよりそうなるように仕向けてきました。邪魔者は互いに殺し合い全て消える」
まるで血に飢えた獣のような鋭い眼光で隊長が笑う。同じような雰囲気の仲間たち……仲間だと思っていた者たちからは、逃げることなどできない。
「さて、メシ食って寝るぞ。明日に備える」
皆さりげなく逃げ道を塞ぐように散らばりながら見張り、監視? その役割の者以外は横になったり座ったまま目を閉じたりしている。
「な?」
隊長は突然振り返って同意を求めるように言うが、ヘルメには意味がわからない。
「秘密の共有ってやっておくべきだろ」
「……本当ですね。昨日やってほしかったですけど……」
「自害する暇ができたからか? そう思ったから今日にしたんですよ、王子」
引きつった顔に、涙がこぼれた。
END




