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女神の祝福

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作者: うにたむ

「え? リビングアーマー(生き彷徨える鎧)?」

 また冗談を、と男は半信半疑でとなりを歩く男の顔を覗き込む。

 週に二度設けられた軍の訓練を終えた夕刻、王城の背後に広がる森の中にある演習場からの帰り道、そろそろ外宮通路に差し掛かるという頃だった。

「なんでもな、カトラス王の第一王子のユリウス殿下の魂が神の御前に辿り着けずに彷徨っているんだとよ」

 そんな馬鹿な話が、と言いかけて、男はそれを飲み込む。

 国は建国五百年を越えたが、その前身であった亡国の時代から立つこの王城は歴史だけで見れば相当に古い。

 幾多の戦乱の時代を越え、数多の王族が非業の死を遂げてきた。

 自分のような市民階級出の一般兵は(いつ頃か)まで知識として持ち合わせていないが、何世代か前の王の子であるユリウスが、初陣で命を落としたのは軍では有名な話だ。

 死してなお眠る事ができずに彷徨い歩く甲冑があってもおかしくはない、と思わせる程度の環境は整っている。

 古来より周辺列強と戦い渡り合ってきたこの国では、王族であっても戦場に身を置く。

 国の命運を左右する軍部の発言力は、内政に関わる官僚と同等の発言力を持っているから、王位を継ぐ者はほぼ例外なく文武両道だ。

 今現在のこの国の王太子も、騎士団に七つある師団の内の一つの師団長を兼任している。

 軍事行動下における指揮官、隊長に相当する士官以上の者が所属するのが騎士団、それ以外の一般兵を併せたものが軍となる。

 だけどなー、と男は心の中で呟く。

「そのリビングアーマーの中身がどうしてユリウス殿下の魂だと判断できるのよ」

 甲冑姿の兵の姿は珍しいものではない。甲冑そのものは一般兵ではおいそれと手の出せるような代物ではないが、騎士団所属の上級士官であれば、ほぼ例外なく所有しているものだ。

 それも、防御には定評のある重鎧である。上から下まで完全装備していたら、その中身が生身か魂かは判断しにくいものだ。

 ヘルメットを外してみれば、ただの上級士官でした、というオチではないのか。

「それがな、甲冑がやたらと小せぇんだとよ」

「はぁん」

 騎士団の上層に行くような腕っ節の強い連中は総じてガタイが良い。高価な甲冑を体の小さいうちから着て戦場に出られるような人種はほぼ例外なく王族だが、今軍に身を置いている王太子はすでに成人している。おまけに武人として恵まれた体格をしているというから、おそらく小柄ではないだろう。

「で、そのユリウス殿下の魂が眠れない原因は何だよ」

「王族なんてのは、ガキの頃から勉強だ剣の稽古だって教育が厳しいだろ? 遊び足りてねぇんじゃねぇかって。城内で出会ったもんはカシュカシュ(かくれんぼ)に付き合わされるらしいぜ」

「カシュカシュ、ねぇ……」

 男は内心で眉唾くさいな、とひとりごちる。

 確か王子ユリウスが初陣した時の年齢は十三か十四だったか。子供と言えば子供だが、そんな年になってまで児戯に未練を残して彷徨うものなのだろうか。

 落ち着いて考えれば馬鹿馬鹿しいオカルトの類だが、人の集まる軍ではこの手の話が尽きることはない。

 歩きながら隣で身振り手振りを交えて楽しそうに話す男を呆れながら見つつも、自分もその話に乗ってしまうあたり、俺らって馬鹿だよなぁと苦笑する。

 その時だ。背後から石組の通路に響く硬質な足音が近付いて来る。


――― カシャン カシャン カシャン カシャン


 その音に、思わず二人で目を見合わせる。

 今の今まで話していた話題が話題だけに、反射的に背筋がヒヤ、と冷たくなった気がする。

 近付いて来るその足音が、迫る程に速くなっている―――リビングアーマーが走っているのだ。

 二人で一瞬ビク、と背を震わせて、示し合わせたように慌てて逃げ出す。

 オカルトの正体を突き止める事よりも、心理的に逃げ出したくなるのは人としての性なのだろうか。これが騎士団上層の猛者ならともかく、悲しいかな自分たちはいわゆる雑魚でしかなかった。

 追いつかれるよりも先に厄介事からは逃げるが勝ちだ。訓練終わりの疲れた体に鞭打って全速力で走って外宮の通路を抜けた所で、もうこれ以上は走れないと歩を緩める。

 二人して倒れこむ寸前でゼイゼイと腰を折って荒い息をつけば、近付いて来ていた足音は消えていた。

 カシュカシュ(かくれんぼ)というよりはアトラペ(追いかけっこ)じゃないのか、と男は収まってきた息を整えながら天を仰いだ。空は夕陽と宵闇が混ざり合った色をしていた。



 外宮通路で甲冑の足音に遭遇してから十日後、上級士官に付き合わされた訓練後の片付けに時間が掛かって、今日は一人でそこを歩いている。

 前回はまだ夕陽の色が残っていたが、今日はとっぷりと陽はくれている。

 遅くなったな、と帰路を急いで足早に歩を進めていると、またしても背後から金属音が反響して近付いて来る。

 しかも、どう聞いても明らかに増えている。

「増えてる……」

 がシャガシャと甲冑の擦れる音と足音、それが一体ではなく二体分重なって聞こえる。

 前回はもう一人居たから逃げられたのだ、と男はその時初めて思い知った。人は、恐怖心が上回れば足が動かないのだ、という事を。

「ああ、どうしよう。さすがに命までは取られないよな」

 ヤバイヤバイ、どうしよう。そんな事を考えている間に走れば良いものを、思考停止状態の頭はそんな事にも思い至らない。

 パニックになってその場でなすすべなく立ち尽くして目を閉じる。

 しばらくそうしていたら、また、甲冑の気配は消えて居た。

 そろり、と目を開ければ、通路を照らした蝋燭の明かりだけがぼんやりと輝いていた。

 男はホッと胸をなでおろし、思い出したように帰路へと踏み出す。

 得体の知れない甲冑音が背筋にこびりついたような気がしていた。



 三日後、男は今日こそは王子ユリウスの彷徨える魂と向き合うと決意して訓練にやってきた。

 週に二日訓練に出るだけでは食べて行くことはできない。訓練後に手渡しされる日当など微々たるものだから、一般兵として軍に席を置く者はそのほとんどが別に仕事を持っている。

 男は日頃、実家のパン屋で職人として働いているが、ふとした折にオカルトを思い出して粉の配分を間違えたり、売り物を焦がしたりして散々な日々だった。

 オヤジに見習い職人でもあるめぇしとこっぴどく罵られ、これでは今に家を追い出されてしまう。

 こちとらしがないパン屋の四男だ。独立できるほどの技術も開業資金もない。今実家を追い出されたら食うのにも困る。

 という訳で、パン屋らしく追い詰められた鼠よろしく、猫の正体を暴くと決めたのだ。

 だが、さすがに男も一人で実行できるほどの度胸はない。

 この状況に誘い込んだ、件のおしゃべり男を捕まえて、外宮の通路の柱の隙間に二人して収まっている。

 何の因果か訓練終わりの汗臭い男二人、一つところに身を寄せ合って攻守逆転のカシュカシュである。

「ああ、これが同じパン屋でもピタパン(サンドイッチ)屋の看板娘ミーナちゃんならなぁ」

「それはこっちのセリフだっての」

 お前のせいだから責任を取って付き合えと脅して連れてきたが、猫の方もそう都合よく現れてはくれない。

 何もやることがないから待つ時間がやたらと長い。

 男といえども一人より二人の方が気は紛れるだろうに、あろうことか街で評判の美人と比べられてはこちらとしても不本意だ。

 こっちだって、ピタパンを晩飯としてミーナちゃん手ずから食わせてもらいたいくらいだ、と内心でぼやく。

 そんな時だった。遠くの方から背筋にこびりついた恐怖の根源が近付いて来る。

 最初は小さく、やがて大きく、ガシャガシャと可動音を響かせながら走ってくる甲冑に、男二人は無言で挟まったまま、身じろぎせずに目をカッ開いていた。


 もうすぐ、あと数歩、あと一歩 ―――


 捕まる、と思った瞬間、男二人の前で甲冑が立ち止まった。そのまま、クルリ、と方向転換する。

 ぞぞぞ、と背筋が粟立ち、凝視する先に噂通り小さめの甲冑がこちらを向いている。

 男二人は身を寄せ合ったまま呆然として、口をパクパクと動かした。

 甲冑の手が上にあがり、被ったヘルメットのバイザーを押し上げる。

「君たちはそこで何をしているんだ」

 (いかめ)しい甲冑の内側から現れたのは、王族もかくやと言わんばかりの美形だった。もちろん生身である。

 それに安堵したように、男二人は固くした身を一気に脱力して息を吐いた。

 詰問された直後、もう一人同じように甲冑を着込んだ通常サイズ(・・・・・)の男が現れ、根掘り葉掘り事情を聞かれる。凸凹コンビよろしく現れたもう一人の男も、バイザーの中身は端正な顔立ちをしていた。

 人生の不平等さを感じながら、男は上級士官二人を交互に眺める。

「ぶはッ……だから言っただろうアレックス、リビングアーマーだと噂されていると」

 彷徨える魂ではない生身の騎士アレックスは憤懣やるかたないと言ったふうに呟いた。

「私とて好きで小さいわけではありません」

 自分からすれば充分恵まれているように見えるが、この小さい騎士も苦労しているのだな、と男は内心で思った。


オカルトの正体なんて案外こんなもんだよね、という事で。

物語の舞台は筆者が別口で連載している小説と共通しています。このお話から興味が湧いた方がおられましたら、よろしかったらそちらもどうぞ。

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