八
日もとっぷりと暮れてしまっていて、石垣は足早に帰路についていた。
「うう、さぶい。日中あちいと思ってたらこれだもんな」
ひんやりとした空気に触れ、既に鳥肌がたっていた。
今日も無駄に一日を過してしまったような気がする。
重さん、また様子が変だったな…
丸一日岡崎と一緒だったのだが、ずっとぶつぶつ呟いていたようだった。
ええと、何と言っていたかな…
「…口走った…あれはまずいことをしてしまった…」
石垣には何のことかさっぱり分からなかった。
ただひとつ言えるのは、岡崎がまともな神経をしていないということだった。
あの顔は酷かったな。
何処から見ても、青ざめてしまっていて何かに脅えているように見えた。
特に酷くなったのはいつからだったか。
石垣の脳裏に、ふとある少年が浮かび上がった。
山之辺隆志だった。
――――――――――――――
「おう、どうしたんや。お前から呼び出すたあ」
岡崎は、堺泉北港に来ていた。
夜の潮風を浴びながら、ある女と対峙していた。
「ふん、分かってるくせに。あたしゃ馬鹿じゃないんだよ。まあ、あんたのおげであたしにも運が向いてきたようだけどね」
「何の話だか」
「しらを切るつもりかい。面白い。あんたもなかなかどうして、親馬鹿じゃないか」
「…隆志がどうかしたのか」
「別に。ただ、あたしとしては糞餓鬼がこそこそと嗅ぎまわってるのが気に食わないだけさ。うろちょろされたら、いくらあんたの息子でも火傷するよ」
「隆志に指一本触れてみろ。俺が貴様を殺してやる」
「ふふっ。まあ、あんたなら簡単にやりかねないねえ。あたしも充分危ないってことだね」
そこで、女はふり返ると暗闇に話しかけた。
「ねえ、面白い刑事さんだろ。あたしを殺すってさ」
「誰かいるのか…」
暗闇から声が返ってきた。
「岡崎さん、あんたの息子の命が惜しけりゃ言い聞かせときな。あんまり嗅ぎまわるなよってな」
「お前は…」
「おう。山下組幹部、佐々木京介様だ」
日本のやくざを統括する山下組。
その幹部にあたる人間が、直接岡崎に会いに来たのだ。
「山下組たあ、お前さんもう引き返せねえぜ」
「かまわんさ。ともかくあたしゃ計画通りに事が進めば万々歳なのさ。それじゃあ、くれぐれも邪魔はしないでおくれよ。じゃあね」
軽く手を振ると、女は暗闇の中に溶け込んでいってしまった。
岡崎には、それ以上追うことはできなかった。
水面下で何が起ころうとしているのか。
岡崎には予測不能だった。
ただひたすらに、自ら犯してしまった間違いを悔やんでいた。
明日、隆志に連絡しよう。
石垣に出来るのは、残った一人息子を守ることだけだった。