七
山之辺は美咲の話を聞いた。
初めから最後まで全てを聞いて、憤った。
「そんな家に帰る必要なんかないで。おかしいに決まってるやろ」
それを聞いた美咲は答える。
「じゃあ、どうすればいいの。頼れる人なんて誰もいないし」
「…家はどうや。親は今日帰らへんし…もちろん、いややなかったら…」
美咲は少し戸惑ったようであったが、それでも最後には「うん…お世話になってしまうけれど…」と、山之辺の世話になることを決意した。
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「汚い部屋ですまないけど…好きに使ってや。飯は俺が作るから、先に風呂でも入ってて」
山之辺は、自宅の二階にある客間に美咲を通した。
「えっ、悪いよ。ご飯の支度くらい私も…」
「ええから。ゆっくりしててや」
美咲はしぶしぶ引き下がった。
山之辺の自宅は、学校から徒歩15分程度の場所にあり、三階建ての立派な家だった。
玄関は広く、母子二人暮らしとは誰も思わないだろう。
豪華な、アールデコ風の装飾は山之辺のイメージとはあまりあっていなかった。
二人は夕飯を食べ終わると、各々別室にこもった。
中学生の男女が、親もいない家で同じ部屋にいるのは憚られたのだ。
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山之辺の自宅に電話がかかってきたのは、真夜中を過ぎたころだった。
呼び出し音を聞いて、山之辺は受話器を取りに走った。
「もしもし、山之辺ですが」
「もしもし。私は二年二組担当の中村と申します。山之辺隆志君、だよね」
「はい。どうしたんですか」
「実はね…うちのクラスの五十嵐さんがいなくなったって聞いて。いま学校の子皆に聞いているのよ」
「そうでしたか…ちょっとお待ち下さい」
山之辺がふり返ると、そこに美咲がいた。
不安げな様子でたたずんでいた。
「中村先生、だって。知ってる」
「ナカムラ?ちょっと電話貸して」
美咲は山之辺から受話器を受け取った。
「もしもし…」
電話口からは、悪魔の声が聞こえた。
それは地獄の底から響いてくるような声だった。
「やっぱりそこにいたのかい。早く帰って来いよ」
紛れもない、春子の声だった。
「どうして…」
「どうしてって、あんた。こっちにゃコワいお兄さん方が付いているんだから。あんまり大人を嘗めないことね」
もう何度目だろうか。絶望感が美咲を襲った。
「そんな…一体何が…」
「隣の隆志坊やを死なせたくなかったら早く帰ってきな。親、いないんだろう」
「…どうしてそこまで知ってるの」
「関係ないさ。さ、帰ってきな」
半ば一方的に電話は切れた。
美咲はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
山之辺は美咲の様子を見て、直感で母からの電話だと分かった。
しかし、彼はそれを言えずに、ただ美咲に問いかけた。
「どうしたんや、一体…」
「うん、今日は先生の家に泊まることになっちゃった。ごめんね、遅くまで」
「嘘や。そんなん信じへんで」
山之辺は叫んでいた。
美咲の身を案ずるあまりの叫びだった。
「…大丈夫。気にしないで。私がここにいるほうが問題なんだから」
それだけ言うと、美咲は出て行ってしまった。
山之辺は、彼女を止められなかった。
彼女の背中が、完全に彼を拒否していたからだった。
どうしようもない脱力感。
山之辺は左手首のミサンガを、そっと撫でた。




