三
「つまらん話につき合わせて悪かったな。また頼むわ」
伊豆長岡駅近くのファミリーレストランで、山之辺は高橋裕也と食事をしていた。
人目に付きにくい、奥の席に座っていた。
「そんなことはええねんけど…。隆志さん、本当にやるんですか」
「あたりまえや。お前は俺の言うことを聞いてればええんよ」
隆志は少しばかり凄むと、伝票を手に取り、高橋を一人残したまま帰ってしまった。
残された高橋は落ち込んでいた。
今回もスパイのような役割を山之辺に申し付けられた。
山之辺に付いて大阪から伊豆にやってきたが、彼が何を目的にしているのか分からなかった。
ただ山之辺に惹かれるところがあって、ずっと彼に付き従ってきたのだ。
大阪から抜け出してきたのも、当時の平凡な毎日に嫌気がさしたのに加えて、敬愛する山之辺に誘われたからであった。
こういう経緯があったので、高橋は山之辺の意図のわからぬ命令ともとれる頼みを訊いているのだった。
今回頼まれたのは、有名進学校の女子生徒に関する調査だった。
「土屋杏子」なる人物の身の回りを、徹底的に調べるということだった。
土屋杏子が誰なのか。
高橋は勿論知らなかった。
しかし、いくら山之辺に聞いても返ってくるのは「俺の言うことだけを聞いとったらええ」という答えだった。
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高橋は、山之辺から聞いた学校の校舎入り口の近くに来ていた。
聞くところによると、土屋杏子は部活に所属していないということだった。
なので、終業と同時に帰路に着くはずだった。
予想通り、五分と待たずに杏子は校舎から出てきた。
四人の女子生徒と共に楽しそうに談笑している。
高橋は適度な距離を保ちながら後を付けた。
伊豆長岡駅から一つ三島側の駅である韮山駅が、杏子の通う高校の最寄り駅だった。
多くの生徒は電車通学で、どうやら杏子もそうらしい。
駅に着くと、高橋は遅れぬように急ぎ、三島までの切符を買った。
電車は一つ隣の車両に乗った。
乗客は学生ばかりで、途中何度か杏子を見失いそうになったが、どうにか目を離さずにいることができた。
杏子は三島の一つ前の駅で降りた。
高橋も一緒に降りる。
駅名は三島広小路といった。
ここで降りる乗客も多いようで、高橋は目立つことなく杏子の後を付けることが出来た。
杏子はごく普通のアパートに住んでいるようだった。
彼女が部屋に入るのを見て、高橋は入り口の郵便受けの名前を確認した。
確かに土屋という名前があり、親子三人で暮らしているようだった。
郵便物を調べても、これといっておかしな点はなかった。
山之辺から言われたことは、とにかく誰かが土屋宅に尋ねてこないか見張れということだった。
そこで高橋は木陰に隠れ、張り込みの目標を午後十時までとした。




