二
その手紙が美咲に届いたのは、あくる日の朝だった。
杏子と共に登校すると、自分の下足箱にA4サイズの封筒が入っていた。
「美咲、何それ」
「分からないけれど…」
封筒を裏返し、署名を見た途端に美咲に変化が起きた。
いきなり息を呑むと、顔が青ざめた。
「どうしたの」
「ううん、何でもないよ。ちょっと古い知り合いからの手紙なのよ」
そう言う美咲の唇は血色を欠いていて、すこし震えてすらいた。
______________________
杏子は迷っていた。
美咲は、今日は放課後に塾がある。
杏子と話す機会は明日以降となるだろう。
それにしても、杏子は我が目を疑っていた。
美咲が、あのような表情を見せたのは初めてだった。
まるで何かに脅えているような瞳が頭から離れない。
だが、それより不思議でしょうがないことがあった。
なぜ美咲があの人から手紙を貰ったのか。
封筒の裏には確かに「岡崎重幸」と書かれていた。
_________________
結局杏子は、思い切って塾の前に時間を取ってもらうことにした。
どうしても確かめたかった。
岡崎重幸とは、杏子の義理の伯父にあたる人物だった。
同い年の従兄弟、山之辺隆志の実の父であったが、数年前に離婚している。
岡崎家との親交は皆無に等しく、山之辺家のなかでも隆志の母にあたる昭代は異端児扱いされていた。
そういう背景があったので、杏子は岡崎という名前にひどく興味を持ったのだ。
「美咲っ」
軽く呼びかけると、美咲はすぐにやってきた。
いつも通りの微笑み。男なら誰でも騙されてしまうだろう。
もう今朝の表情は、面影もなかった。
「塾まで時間があるし立ち話もよくないから、どこかお店に入りましょうよ」
まるで軽くおしゃべりを楽しもうと言わんばかりの口調であった。
_______________________
「そういう訳で、その人私の伯父さんなのよ」
美咲はそれを聞くと黙り込んだ。
「そうだったの…。でも多分昔お世話になったから手紙が届いたのね」
「世話になったって…」
「家族のことで、ちょっとね」
美咲はそこで微笑んだが、その微笑はそれ以上の追従を許さない顔だった。
こういう大人の女性の顔を持つうえ、彼女は時折いたいけな少女のような表情も併せ持っていた。
その一瞬一瞬の巧みな表情の変化が他人を魅了するのだった。
杏子はその魅力に惹かれていたが、同時に恐ろしさも感じていた。
出来すぎたものは逆に恐ろしさも兼ね備えていた。
「で、伯父さんの手紙は読んだの?」
「まだよ。帰ってから開けるわ」
会話はそこまで、とでも言うように美咲は領収書に手を伸ばした。
「今日は、私の奢りよ。つまらない話に付き合わせてごめんなさいね」
―――――――――――――――――――




