人斬り仁蔵、百鬼夜行を斬る
それは見ていてとても気分の良いものではない。
大勢がただ互いに殺し合っている……
殺して嗤っている。嗤い合っている。
そんな風景が一面に広がっている……
それを見て、景虎は不快な気分になった。
「本当に最悪だな……あれに混ざれと?」
そんな拒絶反応を見せる新入りの景虎を見て周囲にいた連中がゲラゲラと笑い出す。
「なんでぇ新入り、大パノラマの殺し合いを拝むのは初めてか?」
「小便ちびっちゃいまちたかー?」
そう言って下品な笑い声をあげる連中を見て景虎は頭を抱える。
「別に殺し合いを見るのは慣れてる。生前は武士だったゆえな……けど、あれは違うだろ?合戦ですらない……戦ですらない……ただ目的もなく暴れあっているだけだ。つまらないという表現以下だ」
嫌悪感を持って言った景虎の言葉を聞いてより一層周囲のいる連中は笑い出す。
「そりゃそーだ!あれは合戦じゃねー!ただの殺しあいだ!相手の領地を奪おうだとか天下統一なんて大層な目的はねぇ!ただ殺す、他に何か必要か?ここはそういう場所だ」
「そうそう、純粋に殺し合いを楽しむ。それ以外に理由なんかいらねーよ!いくら殺してもお上からお咎めなしなんだぜ?そりゃノリノリで殺すだろ!」
そんな言葉を聞いて景虎は呆れて言葉もでなかった。
「それに殺せば殺すほど得点が貯まる。得点が貯まれば輪廻転生に近づく!生き返れる!!なぁ元武士さんよ?これでもまだ否定するか?」
そう言った男はさきほどまでとは打って変わって真剣な表情になっていた。
それは彼だけではない、他の連中も同じだ。
みな、生き返るためにこの地獄を耐えているのだ。
その為には多少頭のネジを緩めてイカレにならなければ救済は訪れない……地獄とはそういうところだ。
だから景虎は反発はしなかった。
「……否定はせん、輪廻転生のための最後の地獄の試練なんだ。それは受け入れるさ。受け入れるがこの光景は受け付けん……それだけだ」
そんな景虎の言葉を聞いて、地獄であるにも関わらず酒瓶を紐で巻いて腰にぶら下げながら盃に注いだ酒を口に注いで飲んでいる中年の男が酔っ払いのように景虎に絡んでいく。
「さっきから聞いてりゃいけすかねーな!おめーさんよ!!」
景虎はその身も恐らくは心も汚い姿に軽蔑する。
「なんだ貴様、いきなりだな!何がいけすかないんだ」
「その態度だよ!武士の誇りかだか汚ねぇ埃だが何だか知らねーが清廉潔白なフリして猫かぶりやがって!!ふざけんじゃねーぞ?この地獄にいる時点でてめーは俺らと同類なんだよ!生前どうせくだらねー罪を犯して閻魔にここに送られたんだろ?気どんなよ!ここにいる時点でてめーは俺らと同じ穴の狢だ!本音でしゃべれよ!殺しがしたいってよ!!悪さがしたいってよぉ!!」
興奮して怒鳴りながら詰め寄ってくる酔っ払いに景虎は気色が悪いと嫌そうな顔を隠しもせず手であしらう。
「……寄るな、吐き気がする」
「あぁ!?」
景虎のその態度に酔っ払いは益々怒り狂うが、景虎も侮蔑の眼差しと共に言い放つ。
「そもそも、そんなに殺しがしたいなら貴様も、貴様らもさっさと殺し合いに参加したらどうなんだ?それをしてない時点で俺を罵る資格はないな?」
景虎の言葉を聞いて、酔っ払いにその他の連中は互いをそれぞれ見合うと腹を抱えて笑い出す。
「あーはっはっはっは!!新入りはまだ何もわかってねーな!!今動いても仕方ないだろ?」
「何?どういう事だ?」
「じきに奴らが来る!俺らはそれを待ってるのさ!!」
「奴ら……?」
訝しむ景虎だが、すぐにその意味を知る。
地響きが起り、周囲の空気が一変する。
「さぁ、おでましだぜ?あれを見な!」
言われた景虎はそれを見て言葉を失った。
「なんだ……あれは!?」
「百鬼夜行だ。地獄じゃそう珍しくない光景だろ?」
そう言って彼らは笑う。
殺し合いの場に鬼や妖怪などの異形の怪物たちがなだれ込んで来たのだ。
たちまち殺し合いの場はパニックとなる。
必死に逃げる男を鬼が捕らえ食い殺す。
数多の妖怪が男たちに襲いかかり殺し貪っていく……そこに手加減などあるわけがない。
「あんなのが出るなんて聞いてないぞ?」
「おいおい、今更だな元武士さんよ?ここは地獄だぜ?ちゃんと目の前の光景は地獄絵図そのままじゃねーか!むしろ地獄にどんな慈悲を期待してたんだ?えぇ?」
そう言われて景虎は言い返せなくなった。
そんな景虎を見て周囲の連中は笑う。
「まぁ、楽しくやろうや新入り!説明くらいはしてやる!殺し合いの場には定期的にあぁやって例外が乱入する。閻魔曰く「イベント」ってやつらしい」
「イベント?なんだそれは?」
「南蛮の言葉だろうよ?まぁ祭だとか縁日みたいなもんだ。あれを殺せば輪廻転生するために必要な得点が倍得られるんだぜ?すげーだろ!」
「倍だと!?」
「そうさ!だから普通に地獄に落ちた者同士で殺し合うより、あいつらを殺したほうが効率がいいってわけよ」
それを聞いて景虎は考え込む。
確か閻魔からは地獄の者にはそれぞれ階級が与えられ、階級が高い順から甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸と割り振られると教えられた。
最も高い階級の甲になれば輪廻転生の機会を得られるというが、その階級を上げるための得点が多く得られるという事だろうか?
だとしたら確かに、醜い殺し合いをするよりは化け物狩りをするほうがいいに決まっているだろう。
「なるほどな……しかし、そう言うならなんで化け物どもが出てきたのに誰も突撃しないんだ?」
景虎の言葉に誰かが答える。
「そりゃ、おめーさんは新入りだから知らねーだろーが。百鬼夜行のお出ましとあらば絶対に来る用心棒がいんだよ」
「用心棒?」
景虎が訝しむと他の誰かが説明する。
「用心棒っつっても俺ら同じ地獄に落とされた者だ。これがとてつもねーイカレでよ?すでに階級が甲だっつーのに輪廻転生を拒否して今も地獄で殺しを楽しんでやがるんだ」
「輪廻転生を拒否だと!?そんなやつがいるのか!?」
驚いて思わず大声を出してしまった。
一体そいつは何を考えているんだ?前世での悪行への罪を地獄で祓い、苦行の果てにようやく許しを得て現世に戻れるというのに、それを拒否して地獄に留まっているとはどういう思考をしているのだ?
景虎には理解できなかった。
「あぁ、とんだイカレだろ?でもこれが頼りになんだよ……見て見ろ百鬼夜行の惨状を。いくら得点が高いとはいえ、あの化け物に誰も一方的にやられてるだろ?」
言われて見て見れば、確かに殺し合いをしていた連中は一方的に蹂躙されている。
中には勇敢に立ち向かっていく者もいるが、勝負にすらならず返り討ちにあって即死だ。
「普通にやっても化け物どもには勝てない……けどあいつは違う。あのイカレは圧倒しちまうんだ、化け物を」
「……だから、そいつが来るのを待ってる?」
景虎の言葉に誰もが頷く。
要するにそのイカレがやってきて暴れ回る混乱に乗じて隙だらけになった倒せそうな化け物を倒そうという火事場泥棒のような発想だ。
何とも情けなく卑怯な手だと思うが、勝てない相手を殺すにはそうするしかないのだろう。
実際、生前でも合戦で似たような光景は目にしている。
「で?そのイカレとやらはいつやってくるんだ?」
景虎が聞くと誰かがある方向を指さした。
「来たよ、あそこ」
誰かが指さした方向を見ると、そこには1人の青年がゆっくりと歩いていた。
手には刀を持ち、肩には布で巻いた何かを担いでいる。
その青年を見て景虎は近くにいた男に聞いた。
「あいつの名は?」
「さぁ?こんな地獄だ。本名は知らん。だがこう呼ばれている「人斬り仁蔵」とな」
「人斬り……仁蔵?」
ここは地獄だ。
生前、誰かを斬り殺したからそのような通り名がついたのだろうか?
しかし地獄では似たようなものばかりが集まる。
そんな通り名、ごまんといるはずだが、なぜ地獄でそう呼ばれるのだろうか?
「由来は何なんだ?」
「何のだ?」
「人斬りのだ」
「知らん、そう皆が呼んでるから呼ぶだけだ」
「そうか……まぁ地獄でそれぞれの過去を詮索しても意味はないな」
景虎はそれ以上質問するのを止めると、皆が浮き足立って人斬り仁蔵を見る。
「はじまるぞ」
「はじまる?何がだ?」
「人斬り仁蔵の……一人当千だ」
そう言う彼らの見つめる先で人斬り仁蔵は手にした刀を一旦腰に差した鞘に収めると、肩に担いでいた布で巻いた何かを下ろして、そのまま勢いよく上空へと放り投げた。
すると布はどこかへ飛んでいき、中に包まれていた無数の刃物がそこら中の地面に降り注いで突き刺さる。
それらは古今東西のありとあらゆる剣や刀、刃物の類いであった。
中華の剣や南蛮の剣、見た事もない剣や長包丁などなど……それらがいたるところの地面に突き刺さったのを確認すると、人斬り仁蔵は軽く深呼吸すると、腰の刀に手をかける。
「今回の親玉は牛鬼か……何度目だったかもう数えるのも面倒になっちまったな」
言うや刀を引き抜く。
そして構えて百鬼夜行の群れを見据える。
「いざ、参る!!」
人斬り仁蔵は次の瞬間にはすでに数メートルの距離を駆け抜けて2体の化け物を真っ二つにしていた。
「な!?」
そのあまりの速さに景虎は驚いてしまう。
「見たじゃろ?人斬り仁蔵、あれは別格じゃ」
そんな言葉を聞いて景虎は目が離せなくなった。
人斬り仁蔵、やつはどれだけ強いのだ?
それが見たくなった。
だから景虎は彼を目で追う。
その戦いぶりをしかと目に焼き付ける。
人斬り仁蔵のその強さを堪能する。
人斬り仁蔵は走る。
走って刀を振るう、振るって斬る。斬る。斬る。化け物共を斬る。
彼が走り去った後には亡骸しか残らない。
彼が走る周りには血しぶきしか飛び散らない。
さきほどまで殺し合ってた者たちを一方的に襲っていた化け物たちが、彼が通り過ぎた後にはただの肉塊へと成り果てている。
斬られ胴体と切り離された化け物どもの首が飛ぶ、腕が飛ぶ、足が飛ぶ。
腸がぶちまけられる。
頭のてっぺんから真っ二つに斬り裂かれた化け物に、腰から真横に斬られ両足とそれより上に別れた者。
手足首胴体すべてが切断された者。
ありとあらゆるところに化け物共の亡骸が転がっている……
人斬り仁蔵は刀に固執しない。
化け物を6、7匹斬り殺したところで惜しげもなく刀を放り捨てる。
無理もない、その刀はすでになまくらだ。
化け物どもの血と斬った時につく脂肪で刀の切れ味は落ちている。
もはや使い物にならないと判断したのだ。
では刀を捨てて素手で戦うか?
そんな事はない……突撃するより先に放り投げて地面に刺さっていたいくつもの剣や刀がある。
その一本を引き抜き、再び駆る。
そして斬る。斬る。斬る。
それもなまくらとなれば捨てて、また別の剣を、刀を、中華包丁を引き抜く。
そして斬る。斬る。斬る。
近場に突き刺さった刃物がなければ化け物どもが殺した者たちの死体から得物を奪い、斬る。
死体がなければ化け物どもが所持している得物を奪い取り斬る。
斬る。斬る。斬る。
こうして人斬り仁蔵は化け物共を斬り殺しなくって突き進む。
百鬼夜行の中心、親玉の元に……
そこに居座るのは牛鬼。
牛の体に鬼の顔、しかも足は6本。
その6本すべてが鋭く尖った強力な長い爪でできている。
そんな化け物へと人斬り仁蔵は一気に駆ける。
「ったく、毎度毎度同じ面したがって……少しは個性的な別の顔でも持って来いってんだ」
言いながら人斬り仁蔵は牛鬼の眼前まで来ると手にしていた中華包丁を振り上げ。
「さて、まずい牛肉の解体といこうか!」
言うや中華包丁を牛鬼の顔目がけて投げつける。
牛鬼はこれに反応できず、中華包丁が牛鬼の鼻に突き刺さる。
「グギャァァァァァァァァァ!!!!」
牛鬼が悲鳴をあげるが、それを悠長に聞いてやる趣味を人斬り仁蔵は持ち合わせていない。
ゆえにすでに人斬り仁蔵は駆けていた。
次の瞬間には日本刀で6本の足のうちの1本を切断し、惜しげもなく日本刀を捨てる。
そして近くに突き刺さっていた柳葉刀を引き抜き、体を捻って回転しながら柳葉刀を振り回して2本の足を斬りつけ、2本同時に切断する。
直後、柳葉刀を惜しげもなく捨てて、再び近くの地面に突き刺さっている南蛮の剣ロベーラを引き抜く。
そして息つく暇を与えず、次の足を斬り落とす。
牛鬼は悲痛な雄叫びをあげて地面に倒れ込む。
それを見人斬り仁蔵は惜しげもなく南蛮の剣ロベーラをぽいっと捨てる。
その南蛮の剣は本来の南蛮の国では王権の象徴という国宝に近い代物のようだが、人斬り仁蔵には関係ない。
興味がない。
なので、そんな剣よりも扱いやすい剣に切り替える。
それは最後に目の前に突き刺さっていた南蛮の剣。
それをを引き抜き倒れ込んだ牛鬼へと剣先を向ける。
「こいつはグラディウスだったか?古の南蛮の武器だそうだ……異国の剣で殺されるのは屈辱か?まぁ俺の知ったことじゃないがな」
人斬り仁蔵はそれだけ言うと、グラディウスを構える。
「では終わらせるか……化け物に辞世の句を読む時間なんていらないだろ?死ね」
言うや人斬り仁蔵は目にも止まらぬ速さ駆けて牛鬼の首を斬り落とした。
それと同時に、そこら中にいた化け物共が一斉に霧散して消えていく……
親玉の牛鬼が死んだ事により百鬼夜行は消滅したのだ。
「これにておしまい……か」
人斬り仁蔵は退屈そうにそう言うと手にしていたグラディウスをぽいっと惜しげもなく捨てた。
その様子を景虎はじっと見ていた。
見ていて、自然と口元が緩んでいた。
「すごいな……なんてやつだ!」
これが景虎が人斬り仁蔵を初めて見て、そのすごさを目の当たりにした最初の出来事だった。
そして思った。
「人斬り仁蔵……是非ともお近づきになりたい!!」
このどうしようもない地獄を生き抜くためにそれは必須だと悟ったのだ。
この時の景虎はまだ知らない……人斬り仁蔵と景虎はそれぞれを相棒と認め、後に地獄にその名を轟かす存在となる事を……
地獄を覗いたそこのあなた!
地獄を見たからには閻魔大王から逃れるためちゃんと☆評価してブクマしましょう!