謎多き少年(8)
中空に投映されたスタートランプが真っ赤に染まる。十七機のアタックレース用アームドスキン『ダントリッサー』がそれと同時に一気にスタート位置から飛び立つ。
ナセールの機体は最後尾から三番目。まずまずの位置。彼のレース戦術「追い込み型」は身体に負荷の少ない反重力端子出力でダントリッサーの推力を存分に発揮させる。
先行逃げ切り型のレーサーはもう遥か彼方。バランス型にもかなり先行されているが、それはスタートダッシュを決めたからで、同じペースで最後まで飛ばせるわけではない。逆にナセールは思う存分推力ペダルを踏みこめるのだ。
(悪くおもうなよ。今日ばかりは本業のほうの実力を発揮させてもらう)
自然に浮かぶ薄笑みを口元に張り付けて彼は加速した。
先頭グループは既に岩山を回りこんで見えない。バランス型の第二グループも岩壁の向こうへと次々と消えていく。その岩壁ギリギリのところへナセール機も推進機を噴かしたままで突っこんでいった。
遠心力で横方向の重力が彼を襲う。身体が持っていかれる感触。それ以上に内臓がねじれるような感覚が苦しい。反重力端子出力を上げている先行逃げ切り型の選手にかかっている負荷はナセールの比ではないだろう。
(さーて、どこまで我慢できる? 苦痛に耐えきれずにちょっとでもペダルを戻した時がお前たちの負けが決まる瞬間だぜ)
必ず限界はくる。それは反重力端子の性質だからだ。
グラビノッツの慣性制御は流体より固体のほうにより強く働く。そして人体は固体と流体の二つで構成されている。つまり、固体部分の慣性がある程度緩和されても、血液を含めた体液は大きな重力を受けて偏っていく。その差が変調をもたらすのだ。
逆に、出力を低めに設定している選手の身体には変調が起きにくい。その分踏めるという寸法だ。ただし、加速は悪い。
(ほら、捕まえた。お終いじゃん?)
ナセールの目に第二グループからずるずると脱落する先行機が映る。
20mを超える金属のボディ同士があと数mのところまで接近する。彼は歯を食いしばると、ほんの少しだけペダルを深く踏みこんだ。
腕を伸ばすと相手の足首を掴む。暴れる機体を無理矢理に引き寄せると、横腹に蹴りを放り込む。相手はすぐ横の岩壁へと衝撃する。部品を撒き散らしながら落下していった。
といっても、アームドスキンの破損は大したものではない。装甲は岩壁の強度の比ではないほどの剛性を備えている。コクピット内の選手が怪我をすることはまず無い。
そう。アタックレースというのはその名の通り、接触も妨害も何でもありの競技。火器や切断武器を除いた格闘戦は無制限のレースである。別名「巨人の空中格闘技」なのだ。
(誰が考えたか知らないが、確実に軍人だよな)
ナセールの予想は正解。訓練の一環がブラッシュアップされレースを模した競技になっていったとされている。参入する宙士も多いし、今ではアタックレースを本業とするレーサーも少なくはない。
(でもな、早く飛ぶのは上手にできても、こと格闘となれば宙士が後れを取るわけにはいかないじゃん)
そういう意味で職業レーサーは先行逃げ切り型からバランス型が多いのに比して、追い込み型のほとんどが宙士であるのは否めない。彼らは普段の訓練で流している汗を賞金に変えようとしているのだ。
(二周して9位か。悪くないペースだな)
彼は四機を脱落させている。あと二機は潰しあったのだろう。
もうしばらくは激突も多い。が、格闘をすればどうしてもペースダウンはする。その分、戦闘グループには逃げられてしまうので追いつくのに時間と距離を要するようになる。勝負どころは最後の三周辺りになってしまう。
(六周で5位。もうちょっと踏むか)
肩からのタックルで並走機を岩壁にこすり付けながら考える。
「おーい、そこの8番機。もう腸ねじくれて吐きそうなんだろ? そろそろ観念しろよ」
「うる……せ。誰が……、軍の格闘バカなんぞに……」
息も絶え絶えの様子。
「その格闘バカにお前は負けるんだぜぇ?」
「アタックレースといえど……、スピードを競うのが……真髄。もっとスマートでなければ」
「言ってろ。こいつは泥臭いどつき合いなんだよ」
意識が朦朧としているパイロットをバランサーがぎりぎりフォローしてふらふらしている機体にナセール機が寄せる。彼とて平気というわけではなく痩せ我慢を繰り返してここまで来ているのだ。
「すかしたところで結果は同じさ。じゃあな」
「くそぉ、宙士は宇宙を飛んで満足してろよー!」
負け惜しみの台詞なんぞ右の耳から左へ抜ける。覆いかぶさるように接近すると頭部の後ろに肘を入れた。つんのめる機体を蹴り落として勝負を決める。復活には時間がかかるだろう。
(これで2位。残りは二周。いただきだな)
完全にペースが落ちているトップのダントリッサーを視界に入れる。
(まだ余力はある。最後に捲るつもりでついてきたんだろうがそうはいかないぜ。表彰台はオレのもんだ)
後続の一機の動向も一応は意識しておく。
ナセールは追いついたトップの推進機に手をかけた。
次回 「人類圏以外の存在なのかもしれません」