謎多き少年(7)
笑いに包まれた休憩スペースも落ち着きを取り戻してきた。しかし、話題としては申し分なく、男たちも饒舌になっている。
「まさかナセールがお嬢様のファンだとはな」
まだニヤニヤ笑いが顔にこびりついている男が言う。
「こりゃ来週は奴一択だな。確か観戦なさるんですよねぇ?」
「騒がしいですよ、あなたたち。取りあう必要はありません、ミザリー様」
「いいのよ、ジビレ。来週は父様と観覧席に出向く予定です。出場する軍所属の選手を鼓舞してほしいみたい」
父親の思惑は丸分かり。実戦を模した訓練に最適だと考えているのだ。だから奨励もするし、その為に身内も動かす。
「だったら張り切るぜ。今週だって二着以内に入らないと来週のメインには出れないんだろ?」
「しまった。今週も絡めとくべきだったか」
渋い顔の護衛もいる。
「観覧は当日まで公式発表されないんです。インサイダー情報に抵触していると告発されたいんですか?」
「うわ、勘弁してくれよ、ジビレ! 今度、酒でも驕るから」
「買収なんてされません。けど、今回だけは見逃してあげます」
女性護衛は反省を促している。
ホッとした非番組は再び投映パネルへと注目する。スタート合図が近いのだろう。ひと際華やかな音楽が流れて盛り上がりを演出している。
「始まりますよ」
ジビレが少年に囁いている。
「うむ、そのようだ」
「これがアタックレースです」
ヴォイドが落ち着いているのはよく分かっていない所為だとミザリーは思っていた。
◇ ◇ ◇
(ついてるね)
ナセールは幸運に感謝する。
今日の出走ははナク・ラエンコース。岩山ナク・ラエンを十二周するレースである。彼が得意とするコースだった。
もちろん、低いグレードのレースで使うパイロン周回コースとは難易度が比較にならない。視界の半分を岸壁が圧するし、見通しも悪くていきなり先行機との接触もありうる。
見通しを確保しようと岩山から離れればそれだけ大回りになってしまう。駆け引きがあるといっても、最終的に一番にゴールを割った者が勝利者である。最短距離を最速で駆け抜けるのが勝利への近道。
(この視界の悪さが俺の腕の見せどころってな)
レースには当然レギュレーションがある。選手は全員レース用の同型機に乗せられるのだ。決まった機体重量に推進機出力。性能では横並びで競いあうことになる。
ただ、一つだけ決まっていなものがある。それが反重力端子出力。選手はこの反重力装置の出力を自由に設定できる。
(先行逃げ切りを決めてくる奴は好きにさせればいい。すぐに目にもの見せてやる)
大きく分けて三つ存在するタイプの中でナセールは追い込み型の選手なのだ。
先行逃げ切り型の選手はスタートダッシュをかける。重量ゼロ近くまで反重力端子出力を上げて限界まで機体重量を軽減し、加速を良くしている。
一見、それでレースの勝敗が決まるように思えるが、そんなに単純ではない。反重力端子出力を上げるということは、その分パイロットの身体への負荷に直結する。どれだけ訓練しようがその状態で最後まで飛んではいられない。出力を下げないと必ず失神する。
どこまで高出力で引っ張って逃げを打つかが勝負の綾になる。
もう一つはバランス型。反重力端子の出力を上げ気味にするものの、失神にまで至らないギリギリのところを狙ってゴールを目指すタイプ。人にもよるが、だいたい重量15~25%ぐらいの出力で飛ぶ。どちらかといえばコース取りが重要になるのがこのタイプだ。
最後の一つが追い込み型。反重力端子は重量25~40%くらい。アームドスキンの地上戦闘出力がこの辺りに該当する。重量をそこまで絞って、あとは推力任せで飛ぶ。身体への負担も大きくはない。
それはパイロット基準であって一般人では数分で音を上げるレベル。だが、ナセールを含めた職業パイロットやレーサーならば何時間でも耐えられる出力に当たる。
つまりは反重力端子出力のコントロールがレース展開の鍵になる。自分に適したタイプの範疇で、どれだけ出力を上げて飛ぶかが勝負の分かれ目。ただし、そこには別の要素も絡んでくるので、レース展開はより複雑化する。
(悪いけどな、今回ばかりはあっちのほうも手加減抜きだ。オレ一人ゴールすることになっても勘弁してくれよな。彼女がいらっしゃるんだから来週のメインだけは外せないんだよ)
選手にだけは知らされている事実。次週のレースには軍務相閣下とその令嬢が観戦にくるのだ。ナセールにとって、ミザリー嬢と触れあえるまたとない好機。絶対に退く気はない。
(表彰式でミザリー嬢と握手するのはオレさ。誰にも譲れない。運が良ければ少しくらいは話せるかもしれないじゃん。もしかしたらお近付きになれるかもしれないし)
つい夢を見てしまう。
とりもなおさず、勝たなくては話にならない。夢の時間を手に入れるためならば彼は何でもやる気だった。体温が上がってスキンスーツの中がじわりと汗ばんでくる。いつもは静かな首の後ろにある体温調節装置が小さな唸りをあげていた。
(おっと、いかんいかん)
入れ込みすぎてミスなんかしたら元の木阿弥である。
ナセールはスタートランプを睨みながら深く息を吸った。
次回 「その格闘バカにお前は負けるんだぜぇ?」