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謎多き少年(6)

 ヴォイドが家に来て三日。明日には父のクスナートと母のテレーゼも帰ってくるだろう。少し難しい話になるかとも思うが、ようやく胸のつかえが下りるとミザリーは思っている。


「あれは何か?」

 少年が男たちが集まっている場所を指差す。

「あれはね、週末に開催されるアタックレースの中継に夢中なのよ」

「非番の護衛班の者です。アタックレースも知らないんですよね?」

「なんだ、それは?」

 バルキュラ人なら常識だが、曖昧な出自の彼では知らないのは仕方ない。

「見たほうが早いわ。一緒させてもらいましょう」

「ミザリー様にはあまりお見せしたくないんですけど」


 ジビレは良い顔をしないが彼女には敬遠する理由がない。確かに野蛮だといえば野蛮なのだが、この国では伝統ある競技なのだ。


「う……、お嬢様?」

「ごめんなさいね。ヴォイドにも見せてあげてもらえるかしら?」

「いいですけど、まだ発走前ですし」

 気兼ねするのはジビレの視線が冷たい所為か。

「調子はどうです?」

「あんまりよくないです。でも、次のメインレースは粒ぞろいだから結構荒れるはず。ここで取り返してみせますよ」

「頑張ってね」

「いや、頑張るのはこの連中ですんで」


 大きめの2D投映パネルにはスキンスーツ姿の男女が格納庫(ハンガー)内でストレッチをしているところが映っている。これから背後のアームドスキンに乗り込むのだろう。


「調子とか取り返すというのはどういう意味か。これは何らかの戦闘前だろう?」

 少年はそう見たらしい。

「ううん、戦闘ではないのよ」

「いえ、戦闘といえば戦闘です」

「あはは、ジビレが言うのも当たってるんだけど、ちょっと違うの。アタックレースは公営ギャンブル。ここの人たちは誰がトップでゴールするか賭けているのよ」


 正確にいえば着順を予想するギャンブルである。が、難しい説明をしても仕方ないと思って割愛した。


「レース……。速度を競うのか。確かにアームドスキンには飛行能力もあるが、速度に特化した兵器ではない。必要な機動力を備えているだけのはずだ」

 ヴォイドが意外な知識を披露する。知らないうちに学んだのだろうか?

「見りゃ分かるって、坊主。スピード出すのも大事だけどよ、最後は度胸と腕で勝負が決まるんだからな」

「度胸と腕? 不可解なことを言う」

 彼は首をひねる。


 パネル内の映像が各パイロットをズームしていく。驚いたことに、そこには意外なものが映りこんでいた。


「あら?」


 一瞬沈黙した男たちが爆笑の渦を巻き起こす。


   ◇      ◇      ◇


 ナセール・ゼアはバルキュラ軍の宙士である。アームドスキンパイロットとしてのキャリアもそこそこ伸びてきた。二十七歳にして八年もの経験を積んでいる。いわゆる叩き上げ。


 軍のギャランティも悪くないが、戦乱も無ければ訓練と演習の日々となる。その演習だって相応の予算が必要になれば度々というわけにもいかない。

 時々は宙賊対応の任務に入ることもあるが頻繁ではない。トレーニングルームの機材に悲鳴を上げさせているだけでは腕も鈍る。


 そんな彼らパイロットにも絶好の機会が与えられている。一部、副業が認められているのだ。それがこのアタックレース。

 選手登録してレースに参加するのを軍が公式に認めている。ついでにガス抜きと実戦訓練をしてこいということだとナセールは理解している。


「さすが名レーサーのナセール様。次のメインレース、頑張ってくれ」

 同じ部隊のザズ・オルクローが冷やかしにくる。

「うるせえよ。お前、第6レースで勝ってんじゃん」

「いやいや、俺なんてまだ第10メインレースに参加する資格なんか持ってないし」

「もうちょっとだろ? 一緒に走ろうぜ」

 気の置けない戦友である。

「嫌だ。癖も何もかも知ってる同士で出るなんて不毛じゃないか」

「はぁ? オレの本気なんて見せてないからさ」

「言ってろ」


 そこでザズが彼の携帯端末を覗き込んでくる。ナセールはレース前にお守りのように眺めていた画像を消し忘れていたのに気付いて慌ててパネルを消去する。


「おいおい、今のあれだろ?」

 ザズがにんまりと笑う。

「軍務相閣下のところのお嬢様じゃないか。なんて言ったっけ? ミザリー?」

「馬鹿野郎! ミザリー嬢と呼べ。オレらが汚していいようなお方じゃない」

「惚れてんだろ? 慰労パーティーの時に二三言話せたって舞い上がってたもんな」

 痛いところを突かれる。

「いいじゃんか。別に手を出したいってわけじゃない。拝んでる……、いや崇拝してるだけなんだからさ」

「頑張れよ。といっても、三銀宙士のお前じゃ雲の上の存在だけどな」

「ぐ……」


 認めたくないが事実である。戦乱でもなければパイロットの昇格手段は限られる。たまに割り当てられる宙賊討伐で戦果を挙げるくらいしか、大きなポイントを稼ぐ機会なんてない。


(「アタックレースの賞金を貯めこんでるから苦労はさせない」なんてプロポーズの台詞じゃ決まんないじゃん。杖のエンブレムくらいにまで登らなきゃ軍務相閣下の前にだって出れやしない)

 三銀宙士の彼が金線を飛び越えて杖の標章を掴むのは夢のまた夢。


 ナセールの恋が実る可能性は無きに等しいものだった。

次回 (ついてるね)

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難うございます。 ……オートレースみたいな感じかな?
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