虹の向こうから
ミザリー・フェルメロスは軍属を解任されていない。この二ヶ月というもの、高等文官としての普通の勤務はないが、各地での講演に走りまわっていた。
それはヴォイドの意思を伝えるためであり、彼女の本意でもある。ただ、否が応でも彼のことを思い出さねばならず、苦しい時間であった。
父のヘルムートや母のテレーゼも心配していたが頑なに続け、バルキュラの市民の過ちに言及する。ときに批判されることもあったり、国威に繋がる協定者を喪わせた責任を担当者としてなじられる事例が無くもなかった。
毅然と説き唱えるミザリーの姿勢に、そんな批判も収まっていく。誰もが一番傷ついているのが本人であるのが徐々に浸透していった。
ようやく一段落して時間が取れるようになった彼女に、ずっと付き従っていた護衛の女性が気晴らしに街でのショッピングに誘う。寂しさを疲労で紛らわせようとする令嬢を案じてのことだったろう。
「わたしが相手でも良かったのかどうか分かりませんが」
並んで歩きながらジビレが窺ってくる。
「ナセールにも誘われているのでしょう?」
「ええ、週に一度は」
「彼は好みではありませんか」
そう受け取られても仕方がない。
「今はまだ、パイロットを本職としている方と長時間向きあう気になれなくて」
「そんな答えでは諦めないと思いますよ?」
意図的にだろう、冗談めかして言ってくる。あまりしつこいようなら自分が強く言うと胸をたたいた。
(気を使わせるのは心苦しいのだけど)
明るく振る舞えるほど立ち直っていない。
「やっぱり無理かしら?」
ミザリーは周囲を見やりながらつぶやく。
「ここ……。まだお探しだったのですか」
「一応ね。半分諦めてはいるのよ」
紫のコサージュを探していた通りである。そして少年と出会ったのもこの辺り。
「あの黄色のドレス、まだ着ていないんだもの」
「でしたら、もう少しお召し上がりになりませんと。あの頃よりお痩せになっていますよ」
「ああ、それではみっともないわね。頑張ってみるわ」
努めて明るく返す。
言ってはみるものの実行できそうにない。胸にわだかまる思いを振り払うのにはどのくらいの時間が必要か、自分でも分からないのだ。
「諦めなくてはいけないわね。いつまでも付き合わせるのはしのびないもの」
大きく息を吐く。それと同時に抑えていたものがこみあげてきた。
「いつも見失ってしまう。コサージュも、紫のあの子も。見つけたと思ったらどこかへ行ってしまうの! 彼も虹の向こうへ行ってしまったわ!」
「ミザリー様」
ジビレが肩に手をまわして路地へと誘う。いつの間にか彼女は大粒の涙をこぼしてしまっていた。
「ごめんなさい。こんな街中で恥ずかしい姿を」
護衛は「いえ」と首を振る。彼女の泣き顔が通りから見えないように隠してくれていた。
「大丈夫だろうか?」
「あなたは!」
聞いたことのない声だったが彼女の驚きに反射的に振りむいた。
そこには黒髪の青年の姿。身長は180cmを超えているだろう。伸ばした髪が陽光を透かして藍色に煌めく。
面立ちは大人びて骨太になっているが、印象的な緑色の瞳は彼と同じ威厳を湛えていた。その瞳が心配げに瞬いている。
「これを」
青年が差しだしたのは紫色のコサージュ。
「こちらの女性の記憶から再現した物だから細部は異なるかもしれない」
「ヴォイド……」
「僕は確かにその名前を持っている。ただ、記録としての記憶しかない。君はミザリー・フェルメロス、合っているか?」
少年とは違う。彼ならミザリーを「君」とは呼ばず「お前」と呼ぶだろう。でも、纏っている雰囲気も口調も同じだった。
「元のヴォイドが君にどんな感情を抱いていたのかは僕には分からない」
彼は記録をコピーされた複製体なのだという。
「ただ、この身体が君の傍にいるのを望み、守れと言っている。僕も君のことが知りたい。許してもらえるだろうか?」
はにかむような笑顔。そして手元に視線を落とす。
「気に入らなければ作りなおすとレイデは言っていたが」
彼の視線の先には紫の花飾りがあるので、そのことだと思っているのだろう。しかし彼女にはレイデの意図は伝わった。
「作りなおすなんてとんでもない」
「では、これを……」
「あなたに知ってほしいことがいっぱいあるの」
差しだされたコサージュを無視して両手を首にまわす。
「今度は時間がたくさんたくさんあるから」
ミザリーは青年の顔を強く引きよせた。
次は続エピローグ「開く扉」




