救世主(23)
「やりやがった、あいつ」
ナセールは独り言ちた。
紫の協定機がオズ・クエンタムの機体に追いあげられるように戦闘宙域を抜けたのは彼も気付いていた。多くの敵味方が注意を払っていただろう。
そこで閃光が生まれた後にヴァオロンが健在ならば何が起きたのかは自明の理。少年の勝利を意味する。
「勝負あったな」
彼の予想に呼応するように友軍全体に活気がみなぎった。
「どうだ、パルタナぁ!」
「くおぅのやろおぅ!」
意気消沈しているかと大振りの斬撃をナセールは放つ。ところが積年のライバル機は無視してイオンジェットの光を撒き散らす。上に向けて飛び去ろうとしていた。
「待て、こら!」
「よくもー!」
パワー型のアームドスキンの加速にナセールのエンデロイはついていけなかった。
◇ ◇ ◇
(まだ元気な敵もいるか)
ヴォイドも気付いている。
足下からのコフトカは無造作に閃かせたブレードの先端を彼に向けるだけ。絡めとって胴体を一閃すれば容易に撃破できそうだと思う。
(だ……)
しかし、突如として猛烈な嘔吐感に襲われた。
(ここで……)
何かが胸を逆流してくる。先駆けて鼻に抜けたのは鉄臭い空気。
「げふぅ」
我慢しきれずヴォイドは吐瀉する。ヘルメットのバイザーを汚したのは真っ赤な動脈血だった。視界が赤いフィルターの向こうに霞む。
「くっ……」
周囲がオレンジ色に染まるが何が起こっているか分からない。そして、痙攣する身体を強烈な電磁波が焼いた。
(終わりか……)
多くの者に与えた無念が少年の中にも生まれた。
(僕はこんなに死にたくなかったのか。違うな。守りきれなかったのを悔いているんだ)
最後の意思をヴォイドは振り絞る。
◇ ◇ ◇
「ああっ!」
悲鳴とともにミザリーは顔を覆う。
突進したトゥルーバルのアームドスキンがヴァオロンを貫いている。少年は為す術もなく攻撃を受けたように見えた。
「そんな……、無慈悲な」
震える声が流れ落ちていく。
活動的だったヴァオリーがすべて停止した。カメラアイが光を失い漂う。その意味するところをミザリーは理解したくなかった。
それでも、ここぞと宙賊の機体は砲火を集中させる。無数のビームに穿たれた紫のアームドスキンは次々と爆散していく。敵陣は息を吹き返したかのように盛り上がっていた。
彼女のところにまで蛮声は届かない。が、戦場では轟いていることだろう。ヴォイドの無念を思うと飛び出していって、彼らを否定する言葉を吐き散らしたい衝動に駆られる。
「取り返しのつかないことを……」
しかし、絞りだせたのはそんな言葉だけ。
(これでバルキュラから去って……、いえ、ゼムナの遺志は人類を見捨ててしまうかもしれない)
心の悲鳴に従うだけでなく、将来まで案じてしまう自分が情けない。少年に対する想いはその程度だったのか。
そこへ今まで経験したこともないような雰囲気が漂いはじめる。戦場全体を静寂に包むような空気が。
少年の啓示の声が響きわたる。
『大宇宙よ、我が血を吸って光り輝け!』
直後にヴァオロンは爆炎へと変わった。彼の声をより遠くへと届かせるがごとく閃光は広がり、そして薄まっていく。
ミザリーはキャノピーに縋ったまま膝から崩れた。
◇ ◇ ◇
宇宙にさざ波が立つ。ナセールはそんなふうに感じた。
何も無いところに金色の波が生まれる。そこら中に無数に。
さざ波は揺れ動いている。その現象を誰もが息を飲んで注視する。
そして、ゆっくりと浮きあがってきた。紫色のアームドスキンが。無数のヴァオリーが同時にカメラアイを煌々と輝かせる。
「あいつ……が……?」
「まだ生きてやがんのか? どこだ!」
パルタナも不審に感じているらしく声を荒げる。
彼の前にもひとつのさざ波。しかし、そこから生まれでたのはヴァオリーではなかった。
白いボディを持つ荘厳なアームドスキンはショルダーユニットから後ろに下がっていた翼のような機構を前方に指向させると、鋭いビームを放ってコフトカの頭部を吹き飛ばした。
「なんだ、クソ!」
不可解な現象にパルタナは逃げ出そうとする。だが、俊敏に回りこんだ白のアームドスキンは彼のコフトカを細く収束したビームで細断していく。
「なんだってんだよ、こ……!」
爆音が宙賊の声を掻き消した。
(どうなってんだ、これ?)
ナセールにも一向に飲みこめない。
最初は無数に思えたヴァオリーも、よく見れば数百くらいだと思う。ただし、動きは無人機のそれ。あっという間にトゥルーバル機を駆逐していく。
そこに見慣れない機体も混じっているのだ。パルタナを撃破した白い機体。銀色の双剣を振りかざす機体。浮遊する機動砲架を従えた鮮やかな赤の機体。更に漆黒の巨大な機体までもいる。
四機はいとも簡単に宙賊部隊を蹂躙し撃滅していく。無人機の機動性と強大な戦闘力を有しているようだ。大口径のビームも閃き、彼方で新しい星が生まれる様まで見受けられた。敵艦が撃沈されているらしい。
「すげえ。圧倒的じゃん」
青年は興奮している。
「惚けてないでやっちゃうのぉー! ここで決めるのよぉー!」
「奴らが手挙げるまで攻めきるしかないぜ、ナセール!」
「おお、やってやる!」
半ば潰走するトゥルーバル部隊に向けてナセールはペダルを蹴りつけた。
次回 (これはあなたが希望した結末?)




