救世主(21)
(奇特なことだ)
ヴォイドには思いもよらなかった光景。
目の前ではヴァオリーが切りひらいた穴をナセールたちが突きくずしていく。他の場所でも似たような戦術でバルキュラ軍機が健闘していた。それが窮したトゥルーバル部隊のなりふり構わない勢いを削ぎ落としている。
迎撃部隊は数的に勝る敵を真っ正面から受け止め善戦している。圧倒的な劣勢からの逆転劇が彼らに自信をもたらしたのだろう。
(これなら僕がヴァオロンで無理をする必要はないと言いたいところだが)
そうもいかないらしい。
ロミルダ機が突出を阻もうとするも突きくずし、彼の前にと進めてきたコフトカ。パイロットは因縁さえ感じるようになってきた壮年の男だろう。
「お前か、オズ・クエンタム」
「我らも決着の時だ、協定者。貴様を倒さねば勝利はない」
「大胆なことだ。歴史を紐解けば協定者を下した者はいなかったぞ?」
これまでの扱いを調べたのだ。ヴォイドも名目上の協定者という役割を演じるにはどうするべきか知識を求めた中で知った。
「偉業を成し遂げなければ手に入らんものもある」
「偉業ときたか」
「協定者だけが正しくないのだと分かった。倒さねばバルキュラの真の復活はないというのに立ちはだかるのならばな、ヴォイド」
オズは自らの信念を欠片たりとて曲げる気はなさそうだ。だから壁となる彼を排除するのが正しいと信じている。正確には信じたいというところか。
「憂国にせよ愛国にせよ、過ぎれば毒になるとは考えなかったか?」
「そうだとしても、堕落という猛毒の前には微々たるものでしかない」
(言ってきく人間ではないか)
オズの中にはそれ以外の真実はないのだろう。
ビームカノンを両手に持たせて後退しつつの狙撃をくわえても執拗に追ってくる。現文明が用いている物よりインターバルの短いカノンであるにも関わらずだ。
ヴァオリーを手元に戻し間に入れる。人体の限界を無視した加速とパワーで押してようやく止められた。
(集中をたもつのも難しい。血が足りないな)
大食漢の脳は栄養も酸素も大量に要求してくる。しかし、ヴォイドの身体には満足させる機能が残っていない。
ヴァオリー全機に動作基準信号を送っているとヴァオロンの制御が怪しくなる。だからといって出撃しないわけにもいかない。ヴァオル・ムル内部からのヴァオリーの制御も可能だが、迎撃部隊の士気に関わってくる。友軍機に疑念を抱かせるのは下策だろう。
「しつこいのぉー!」
ロミルダも援護に戻ってきてくれた。
「そっくりそのまま返そう」
「いい大人が少年を攻め立てて恥ずかしいだけぇー!」
「やはりな。力が落ちている。理由を知っているな、女パイロットよ」
測られていたようだ。
「くっ!」
「今こそ勝利への道を開くとき。紫のアームドスキンを狙え、同志たちよ!」
「やらせないって言ってるのぉー!」
彼女の小隊機も戻ってきて援護にまわる。そこだけ戦列が押し下げられている形になってしまった。
(僕が足を引っ張るのか)
情けない現実に少年は眉をひそめた。
◇ ◇ ◇
射線を見切ったジビレのヴァオロンがビームを躱して前に出る。インターバルを消す砲撃で牽制を交えた敵機がブレードで薙ぎ払おうとするも彼女は受け流して逆に斬線を刻んだ。怯んだ相手にビームの一撃を送りこみ、回避で目を切ったところで死角にまわる。転回しざまに放った攻撃は腰部を貫いて爆散させた。
「お騒がせしました。ここまで入りこまれるとは」
近距離なので、ヴァオル・ムルのミザリーにはコクピット内映像も届いている。
「どうもヴォイドに攻撃を集中している模様です。対処の遅れた我が軍が一部の敵機に戦列を抜かれたようですが、直掩で処理できる数ですので」
「彼は大丈夫なのかしら?」
「ここからでは何とも」
望遠パネルでヴァオロンやヴァオリーが健在なのは確認できる。しかし、黄色いラインを持つヴァオロンの動きは精彩を欠いていると思えるのだ。
「援護できない、ジビレ?」
お願いしてみる。
「直掩ですので動けません。ヴォイドにも頼まれておりますし、わたしも動くつもりはありませんので」
「この船を前に出せば届くの?」
「お勧めしません。高速機動艇ではありますがアームドスキンとは比べ物になりません」
少年のことが心配でならないが彼女に無理を言うのもしのびない。何か方法はないものかと悩むも、素人の令嬢では思い付きなど限られる。
「あの超光速航法で敵陣の裏側へ出てみれば? 牽制になるでしょ、レイデ。危うくなるようなら、すぐに戻ればいいのよ」
『連続でのフィールドドライブは不可能です。復帰した周囲の時空界面の動揺が激しく、跳躍先を設定できません』
前回も移動後はそのまま航行していた。
「武器は付いているのよね。攻撃はできないの?」
『わたしたち個が直接人間を攻撃するのは原則禁止となっています』
「わたくしが命じればいいの?」
人間が命じればいいのかと思った。
『後方からの砲撃では敵味方に損害が出てしまいます。それに、あなたが殺傷を命じることをヴォイドは喜ばないかと思います』
(ああ、そうね。余計に苦しませてしまう)
軽率な意見だったと思う。
それでも、何もできないもどかしさに身をよじらせるミザリーだった。
次回 「認めてやろう。お前の腕だけはな」




