救世主(17)
作戦は大成功だ。司令官からも真っ先に感謝の言葉が伝えられている。
ヴォイドが帰ってくるのを心待ちにしていたミザリーが何気なく格納庫の様子を見ると、モニターパネルにはヴァオロンの胸から緩衝アームに吊り下げられたパイロットシートが映っている。ただし紫のスキンスーツはそこから立ち上がる様子もない。
「ヴォイド? どうして?」
『バイタル、低下しています』
「え?」
慌てた彼女は操縦室から少年の元へと走った。歩いてきたジビレへの労いもそこそこにパイロットシートへと駆けつける。異変を察した女性護衛もついてきた。
ヴォイドはシートにもたれてぐったりとしている。二人掛かりでヘルメットを脱がせると彼は荒い呼吸を繰り返していた。額には玉の汗。苦痛に眉根を歪ませている。
「大丈夫!?」
ミザリーは縋りつく。
「しばらく待て……。さすがに負荷が大きかった」
「そんなに苦しそうなのに? どうすれば、レイデ?」
「たしか医療ベッドがある部屋がありました」
応えの前にジビレが思いつく。
「構うな。少し休めば持ちなおす」
『処置にも限度があります。これ以上の鎮痛剤の投与は推奨できません』
「そんな状態で戦っていたというの?」
自壊は食いとめられているものとばかり思っていた。
額の汗を拭き、濡れそぼった前髪をかきあげて熱を逃がす。ジビレに少年の身を起こさせ、背中のスライダーを下ろして胸をはだけさせた。アンダーウェアも濡れて貼りついてしまっているが脱がせるのは難しい。
「こんなにも無理して……」
言葉が続かない。涙がにじんでくる。
「もう十分……。もう十分よ!」
「ミザリー様、あまり大きな声は」
「悲しむな。こうなるのは分かっていた」
噛みしめた歯の間から嗚咽が漏れる。
「もうヴァオロンには乗らないで。君は十分に戦ったの。償いというには大きすぎる対価をバルキュラの人は受け取ったから。お願い」
「聞けないな」
「なぜっ!」
(どうしてそんなに自分に厳しいの。立ち上がることもできないほど消耗しているというのに。自壊を止められないというなら、安静な状態で苦痛を和らげないと駄目)
悲痛な思いを掴んだ手から送りこむ。
「最期までできることをさせろ」
しかし、彼女の願いは受け入れられない。
「戦況は良くなったでしょう? 君は休んでもいいの」
「数的に逆転まではいっていませんが、友軍の士気はあがり、完全に優勢へと変わっています。出撃するにしても、姿を見せるだけで勝利は見えてくるかと?」
「それでは意味がない」
聞き分けてくれない。
「意味はあるわ。ジビレも言ってるでしょう。君は勝利の象徴なの」
「勝敗に対してではない。僕が生きている意味だ」
ミザリーは息を飲む。ヴォイドの中でも清算は済んでいるようだ。ただ死が確定してさえ、生まれてきた意味を少年は求めている。彼女にそれを止める権利も止める言葉もないと感じてしまう。
「べつにこの国の歴史に僕の名を刻めと言っているのではない」
ようやく整ってきた息を吐きつつ彼は言う。
「どんな意図があって生まれてきたにせよ、今生きているうちは僕の命は僕のものだ。好きに使わせてもらう」
「戦いの中にしか刻めないものなの? そんなに長い期間でなくとも、わたくしの中には君の存在が深く刻まれているというのに?」
「言うな。戦闘が終わって僕が使命を終えたら忘れろ」
無情なひと言。
「そんなの無理だもの」
「お前には時間がある。いやでも忘れる」
握った手を押しかえす少年の手はまだ熱かった。
◇ ◇ ◇
トゥルーバル艦隊が大きく後退する中、バルキュラ軍迎撃艦隊も衛星軌道まで下がって補給を受けている。無茶を承知で追撃に入る状況ではないし、ずっと緊張を強いられてきた宙士たちにも休養が必要だった。
劣勢をくつがえした司令官が考えるのは士気の維持である。息抜きは必要でも、抜きすぎるのは考えものである。要は兵士のテンションコントロールをしなくてはならないのだ。
考えぬいた答えがささやかな祝勝会。監視は続けつつも、前面で戦うパイロットへの労いの時間を作りだす。少し豪華な食事と制限しながらの酒類が準備された。
その場にミザリーたちも招待される。独断で協定者ヴォイドの姿も士気高揚へと繋がると考えたらしい。彼女は断ろうとしたが、少年はそれも役目だと言って請けてしまう。歓呼の場へ笑顔で歩みだす彼を、ミザリーは痛ましく思いながらも表情には出さないでいた。
「すまない。もう固形物は摂れそうにない。料理を褒めるのはお前に任せる」
ソフトドリンクのコップを手にしつつヴォイドが囁いてくる。
「……体裁だけ整えたら下がらない?」
「そうしよう。挨拶だけしておくから頼む」
「早めに済ませてね」
それくらいしか言えない。
不審がられない程度には普通に振る舞わねばならない。彼が司令官や主だった者に挨拶をしてくる間に、彼女も楽しんでいるふりをする必要がある。
「お嬢様、ちょっといーい?」
「や、やめてください、隊長! すんません、ミザリー様」
「うちの部下がファンらしいから握手だけでもしてあげてほしいなぁー。頑張ったご褒美にぃー」
そこには以前見た宙士レーサーの青年が困った顔で立っていた。
次回 「何をどうする気だ?」