謎多き少年(4)
あいにくとミザリーの父である軍務相ヘルムートは出張中。週末までは帰ってこない。母テレーゼも同行している。いつまでも仲の良いことだ。もっとも母も公務の側面は否めないが。
父には一応身寄りのない少年を保護していると伝えてある。詳しい話は帰宅後にして今後のことは保留中だ。ミザリーはそれまでに何らかの理由を考えだしておかなくてはならない。ヴォイドの教育も必要不可欠。
「僕にはどこにも国籍登録はない」
少年の出所を定かにする話の流れで彼はとんでもないことを言いだす。
「え、ないの? それは複雑な事情があってのこと?」
「複雑な事情、ある意味ではそうだ。説明して理解を得られるとも思えない」
「ないのは困るかなぁ」
閲覧リストを作って提示すると、少年は次の日には会話に困らない状態になった。ただし、言葉遣いは非常に紋切り型で、彼女は選択を誤ったかと悩む。
全くもって子供っぽさもなければ癖もない口調。最初は言葉を操れなかったのだから、いずれ生活していく過程で癖もついていくだろうと自分に言い聞かせる。
「困るか。では作ろう」
「作る?」
また考えもしない言葉が彼の口から現れる。
「ミザリー様、どうやら本当のようです」
「どういうこと、ジビレ?」
「先ほどの発言で調査していましたところ、確かにヴォイドの国籍登録情報は確認できませんでした。ところが再読み込みをしたならばヒットしたのです」
彼女が示した携帯端末画面を覗き込む。そこには『ヴォイド・アドルフォイ』のバルキュラ国籍の情報が表示されていた。
情報ではヴォイドは十三歳。父のウェンデルは他界している。母のレイデは生存しているが、現在は居住地を開拓惑星に移してあるとされている。
「両親の家系も遡るのが可能なようです」
「一瞬でこれを? この子は何もしていないのよ?」
「事実です。私はもう驚くのを諦めました」
護衛の女性は実も蓋もないことを言いだした。
「問題か?」
「問題っていうか、はぁ……。これはどこまで本当なの?」
「全て今作らせたものだ。真実は一つもない」
違う意味で様々な問題を含んでいる。
「バルキュラのデータベースセキュリティを強化するよう進言するべきかしら?」
「あまり意味はないかと。フェルメロス家のネットセキュリティを突破される時点で予想できる事態です」
「本当にね」
一国の軍事情報をやり取りする父親の端末にもミザリーのコンソールは接続されている。回線は独立しているとはいえ、接続されている以上は侵入も不可ではない。
一般とは桁違いのセキュリティが施してある屋内ネットに簡単に侵入できる彼ならば何ができても変ではないという理屈。彼女も頷かざるを得ない。
(これに関してだけは父様と話し合っておかないと駄目ね。危険を見過ごしたとあっては家の存亡にも関わるもの)
ヴォイド自身が、触れた情報を外部に漏らすつもりは一切ないと断言していてもだ。
「バルキュラは覇権国家だったのではないのか?」
現在の語学知識で歴史を紐解いていた少年が尋ねてくる。
「覇権国家? 三星連盟時代の話?」
「暦では進宙歴300~400年頃の話だ」
「その頃はそう。400年だと大戦も始まっていたから連盟にも揺らぎが表れてきた頃だと思うけど」
当時バルキュラは確かに三星連盟の一角を担う人類圏の覇権国家であった。始祖惑星ゴートを中心とし、亜光速移民船団が根差した二つの惑星ゼフォーン、そしてこのバルキュラが三星連盟を結成。経済の未発達な小惑星国家や開拓惑星を支配・搾取する形で発展していたのである。
連盟の体制を崩壊に導いたのが三惑星連盟大戦。歴史上の勃発は進宙歴394年とされている。それそのものは開拓惑星ゼムナの叛乱から始まっており、400年頃はバルキュラに大きな混乱はなかった。
しかし、当時軍事国家であったバルキュラにも反政府運動の火種がくすぶっていたのだ。それが如実に表れたのは405年。民主活動家による主権奪還活動が活性化していった。
その後、ゴートを打ち破ったゼムナ軍が民主解放運動に加勢してからは急転直下だったといわれている。わずか一年余りで軍事政権は敗戦に追い込まれ、バルキュラに民主政権が樹立したのが428年。それから現在の517年に至るまで九十年近くの時を経て、この国は安定期を迎えていた。
「後世の人間だから言えるのかもしれないけど、軍事政権なんて不確かなものだったみたい」
ミザリーはその大元へと言及する。
「移民船団の到着した惑星バルキュラには緑豊かな星だったの。でも、それだけに大型肉食獣も多数いたらしいわ。開拓するには防衛戦力が不可欠で、軍部が徐々に発言力を増していったって言われてる」
「自然な流れだと思える。仕方ないとは言わない。軍の自重が足りなければ、力無き者には如何ともしがたいだろう」
「いびつな政治構造が数百年で常態化して、大戦の悲劇を生む結果になったってバルキュラでは教育されているの。国際社会だと少し偏重気味と思えてしまうけどね」
大きな声では言えない彼女の持論だ。
「それならば軍務大臣であるミザリーの父は権限を制限されていそうなものだが」
「元々尚武の国という気風はあるけれど、事情が許さなかったの。外憂を抱えているのよ」
ミザリーはバルキュラの現状について踏み込んでいった。
次回 「尊大な名付けではないか」