救世主(14)
漏れだしてしまった情報は取り戻しようがないものの、トゥルーバルのスパイや近隣諸国の息のかかった勢力は排除できた。軍の情報部も不眠不休で兵員の精査をかけたので、今後は背後から撃たれることはないだろう。
(だがなぁ、失くしたもんが返ってくるわけじゃないじゃん)
現場で戦う人間としてナセールの不安は拭いきれていない。
現実問題として戦力の補充は適っていない。地上守備部隊は容易には動かせないのだ。そこまで宙賊排除に駆り出せば市民は丸裸。またぞろ不安が首をもたげてくると思われる。
つまり四千足らずの戦力で、六千余りの敵を相手しなくてはならない。現状援軍の目処も立っていない。
(あの子供が市民感情を立て直してくれたっていっても、それで戦況が変わるわけでもないしな)
協定者の演説は動画で拡散され、各都市の雰囲気も好転していると言われている。手薄になった報道メディアも真摯に現実と向き合っているらしい。
(ずいぶんと安請け合いしてくれたがね、お前さん一人でどこまでやれるってんだよ。そりゃ、戦いやすくはなったけどさ)
軍への風当たりは180°変わった。出撃準備を整える宙士に歓呼の声までもが届くようになったのである。
これまでは戦争経験を親から聞いた世代がまだ生きていて、軍国化を警戒してか入隊を家族に止められる事例も少なくなかった。ナセール自身も軍に入ると告げると両親はいい顔をしなかったものだ。
それでも子供の頃から憧れていたアームドスキンパイロットを目指して精進を続けた。宙士レーサーとして稼いで家計を助けるようになってからは歓迎されている。
(こんな急にいざって時が来るとは思わないじゃん)
今度ばかりは生きて戻れる確率が目に見えて下がっている。
「さて、どうすんだよ、協定者?」
自機のエンデロイを見上げながら独り言。
「しけた面してんじゃないって。そりゃあ、俺だってヤバいかもしんないとは思うぜ。でも、あんなに応援されたら尻込みしてらんなくね?」
「まあな。オレだっておめおめやられる気なんてないし」
「件のヴォイド君も大口叩いたんだ。それに、なんの目算もなくあのフェルメロス軍務相閣下が出撃を命じるか? 疑ったらお嬢様がふくれるぞ」
ザズが軽口を叩いてくる。
「うっせ。分かったって。オレが敵を二千機墜としたら五分だろ? それなら気前よく金線を預けてくれるに決まってる」
「言ったな。面白い。だがよ、そんくらいの気概がなけりゃお嬢様には手が届かないもんな。今や少年は救世主扱い。相当水を空けられてるぜ?」
「それを言うな」
現実を突きつけられた。
(何かある。それはオレにも分かる。が、それが何か公表されないってことは、まだ少し警戒してるって意味だもんな)
スパイがどこかに潜んでいるかもしれない不安はどうしても付きまとう。
「あの紫の戦闘艇はいないか」
ザズが言う。出航の様子が映るパネルを見て彼も気付いている。
「何か仕掛ける気なんだろうなぁ」
「逃げだしたりはしないだろ……。逃げないよな?」
「俺に訊くなよ」
戦友も若干の不安を抱いたようだ。
「バカばっかり言ってないで出撃準備ぃー。トゥルーバルの奴ら、喜び勇んで攻撃してくるよぉー。待ちに待った状況だもん」
隊長のロミルダの言葉が現実。軍を出させるべく反政府工作に精を出してきたのだ。それが失敗したと判明したというのにバルキュラ軍は再び宇宙での会戦に臨もうとしている。好機を逃してくれるわけがない。
(絶対に前掛かりに攻めてくる。この数の差じゃ、一気に乱戦に持ち込まれるかもしんないじゃん。厳しいなぁ)
そうなれば戦力差が如実に表れてしまうだろう。
(親父とお袋にちゃんとお別れを言ってきたほうが良かったかも。テンプレの電子遺言状なんて味気ないもん遺してたら余計に泣かしちまいそう)
否な予感ばかりが去来する。
『σ・ルーンにエンチャント。機体同調成功』
システム音声が告げてきた。
「お願いだよ、愛機ちゃん。生きて戻れたらコクピット内だけでもピッカピカに磨いてあげるからさ」
『無事のご帰還のために全力でサポートいたします』
「泣けるねぇ」
だが、ナセールの願いは叶わない。宙賊艦隊は衛星軌道から外れつつ、大量の敵機を産み落としていく。戦列を組んで進軍する彼らに躊躇いもなく突っ込んできた。早々に乱戦模様となり、戦況は泥沼と化していく。
(消耗戦じゃんかよー! あーはははー! こうなりゃやけっぱちで暴れまわってやる!)
いつもより飛ばして突っ込んでいく。それも仲間を信頼しているからできること。ザズは背後についてくれているし、僚機やロミルダのフェンブルもきっちりとフォローしてくれていた。
(いけるかぁ?)
らしくない捨て鉢な戦法が功を奏したか撃墜数は増えていく。十四機まで数えたところで数えるのをやめた。
(どうせ最後までもつわけないんだ。華々しく飾ってやるさ!)
覚悟を決めたところで敵機の勢いが大きく減じた。
「なんだぁ?」
「見てみろ! やってくれたぜ!」
ザズが指差すほうを見る。
どうやったかは分からないが敵陣の後背に紫の編隊が出現していた。
次回 「やっていることは同じだろう?」