救世主(12)
不穏な空気が流れるのをミザリーは感じていた。
それは一概にヴォイドを不利にするものではない。一部の者は野党議員ヘンドリューへの賛同を声高に主張している。しかし大勢は、正義の使者とされる協定者を責める彼に対して疑問を抱く視線だった。
「ま、まあ、政府対応は理解できなくもない。協定者ともあろう方が素直に罪を認めたならば、許容する器も必要だと私も思う」
論調を変えてきた。
「現在は我らがバルキュラのために戦ってくれていると聞いている。どうですか、皆さん? 我々も事件のことは忘れようではありませんか?」
散漫ながら拍手の集まるくらいに空気は持ち直した。
ヘンドリューは、宙空で腕を組み一歩も引かない姿勢のヴァオロンにプレッシャーを感じはじめているらしい。次第に舌の滑りもぎこちなくなってくる。
「ありがたいことだ。僕は別にお前の許しなど求めてはいないがな」
少年の口調は辛辣だ。
「これは異なことを。私はここにお集まりいただいている市民に選挙で認められた国会議員。いわば国民の代表。その私をないがしろにするのは全バルキュラ国民をないがしろにしていると言っていい」
「ないがしろにしているとすればお前だけだ。売国奴に配慮する気などない」
「何をおっしゃるか!」
ヴァオロンが組んでいた腕を解き、左手を差し出すと一枚の投映パネルが浮きあがる。いずことも知れぬ室内の様子。ただし、映っているうちの一人がヘンドリューなのは間違いない。
『どんなお話でしたか、総裁?』
彼が通信を終えた人物に問いかける。老境に入って久しいと思われる風貌。
『方針は変わらん。ここが勝機。内閣を責めたて、市民の反感をあおるのだ』
『しかし、あちらには協定者が』
『構うものか。政府に与するのであれば敵対者。ついでに敗戦の責を問えばいい』
驚くべき指示が下る。
『我が党の活動資金がどこから流れてきていると思っている? オーサやポイタンを始めとした近隣諸国。彼らが倒閣を目論み、現政権の弱体化を狙っているのだ』
『トゥルーバルにも資金は流れているのでは?』
『安心しろ。奴らが軍事政権を打ちたてたとしても、我々は統治機構に組み入れられる密約がある』
室内の数名が「おお」と感嘆したところで映像は途切れる。
「どうやら、ないがしろにされているのは僕のほうらしい」
ヴォイドは皮肉を含める。
「市民生活が脅かされつつあるというのにお前たちは権力を奪取するのに忙しいのだな? 国民に選ばれて権限を与えられている立場なのに、事態の打破でなく政争に執心か。それで構わんのか?」
「そ……れは……」
今度の空気は氷のように冷たい。
協定者を無下に扱うだけでなく、市民の安全など頭の隅にも無さそうな発言。恐怖感から政府を中傷するヘンドリューの演説に呼応していた市民は一気に彼に対する悪感情に染まった。
「本当は別の通信記録を用意していたのに、昨夜はずいぶんと面白い協議をしていたから差し替えさせてもらった」
他にも証拠が揃っていることを匂わせる。
「他国資本に踊らされて国を危うくする輩になど糾弾されるいわれはない。ひっこんでいろ」
「貴様っ!」
思わず本性がこぼれ落ちる。
しかし、先は続けられない。市民から投げつけられるのは視線や言葉だけでなく物体まで含まれる。堪らず野党議員はその場から逃げだそうとした。
だが、後ろで待っていたのは警官隊だ。ヘンドリューは特別公務員国家叛逆罪容疑でそのまま拘束される。憐れな様に市民は喝采していた。
「お見事でした、協定者ヴォイド!」
接近してきた報道クラフターから声がかかる。
「政治の腐敗を問い質すお姿はまさに正義の使者。わたし、感銘を受けました!」
クラフターの前方に大型パネルが投映されるとそこには女性の姿。市民の歓心を買うべく、見目麗しい女性リポーターが選ばれているようだ。
「バルキュラの苦難を救うべくおいでくださったのですね。国民の代弁者たる報道機関に属する者として感謝を述べさせていただきたいと思います」
こちらはへりくだった態度。
「人類が苦境に直面した時にはやはり協定者が現れるのです。わたしは今、歴史の1ページと相対しております。猛烈に感動しています」
「それは結構」
「お返事ありがとうございます。インタビューをお願いします。あなたの姿勢に引きかえ、政府のお粗末な対応をどうお考えですか? 議会内には外国資本の走狗を許し、軍内部には宙賊一味まで抱えているという……」
そこで少年は遮る。
「まったく度しがたい。どこまで入り込んでいるのだろうな?」
「ええ、そうです!」
ヴァオロンが再びパネルを出現させると、軽装の男が椅子にふんぞり返って足を組み、通信している様子が映される。
『ええ、ええ。お任せください、総統閣下。存分に市民の不安を煽りたててみせますとも。世論なんて僕の指示ひとつで何とでもなるんですから』
「でぃ、ディレクター……」
「お前も宙賊の一味か?」
「そんなことはございません失礼します!」
クラフターは慌てふためいて反転する。
「無駄だぞ。今頃放送局は軍が包囲して陸戦隊が突入している」
「ひっ!」
(たぶん彼女は何も知らなかったんでしょうけど)
ミザリーはそう思う。
これを計画したのはヴォイドとヤカリム総理補佐官。まずは必要以上に世論が高まるのと、情報が筒抜けなのは防がなくてはならない。
彼女の眼下でヴァオロンが腕を広げると「聞け」と告げた。
次回 「これが望んだ自由か?」




