救世主(11)
本星帰還から三日が経過している。事態は父ヘルムートが予想した通り膠着状態。トゥルーバル艦隊は首都上空の衛星軌道に陣取ったままで静止。ただし、一時間に数発は艦砲が撃ち込まれて市民にプレッシャーを与えている。
(こうして少しづつ気力を削いでいるんだわ。こちらから降伏させるのが理想なんだろうと父様も言っていたし)
確かに精神的に堪える状態だとミザリーも思う。
だからといって排除できるわけではない。むしろ敵は国軍が再び出撃してくるのを望んでいる。戦力を削り取って降伏するしかなくするのが狙いだろう。
(わたくしたちはまだいい。現状を把握し、我慢比べに近いのが分かっているから。でも市民は無理ね。いずれ不安が不満になって爆発する)
政府が最も怖れている状態。それは刻一刻と近付いてきている。
助長している存在もある。野党やマスコミ、左派市民団体がそうだ。
政府がポトマック元遊興相の内通を発表し、解任を伝えた直後こそは批判の対象をそれに移した。しかし、その後は再び無駄に恐怖を煽りたて、暴発の時を早めているかのように見える。それは現実であった。
「この辺りでいいかしら?」
ヴァオル・ムルの操縦室から交信パネル内のヴォイドに尋ねる。
「確認した。監視衛星の情報を送れ。こちらでタイミングを見る」
「繋ぎます。どうですか?」
「来た。もうすぐだな。砲塔が稼働している」
操作したジビレも軌道上の艦隊の一部艦艇が砲塔を稼働状態に上げたのを確認したようだ。
トゥルーバルは監視衛星群を破壊しなかった。占領後に流用したい意図もあろうが、自艦隊の威容を常に監視できる状態を作り出すのも圧力になると少年は説明してくれた。
それを逆手に取って敵艦隊の詳細な状態を検知している。レーダー照準不可能な量のターナ霧は軌道を覆っているが、レーザー回線は生きているので問題はなく監視できていた。
「発射されました。着弾まで八十秒」
ジビレがカウントダウンし、発射三十秒後にはマスバ上空に防御磁場が敷かれる。着弾して発光したのがその五十秒後だった。
攻撃用重金属イオンビームの速度は毎秒5000m。艦隊が静止している軌道高度400kmから放たれると八十秒で地表に到達する。遅く感じるかもしれないが、火薬式金属弾頭であれば速度は毎秒1000mほど。その五倍は速い。
アームドスキンの有視界宇宙戦闘であれば中距離の1000~2000mでも0.2~0.4秒で達する。一瞬の油断もならない。5000m以上の長距離でも1秒あれば到達する計算になる。パイロットは刹那の時間に生きているのだ。
「ビーム着弾確認」
報告のあとに街並を映すパネルに逃げまどう人々の姿。
「慣れたりはしないものね。安全だと分かっていても」
「ビームが容易に人のみならず建物さえも簡単に飲みこんでしまうと知っているからですね」
「早めに対処しなければ市民は耐えきれないわ」
本来であればミザリーもあの逃げまどう人間の一人だったはず。
(ここが安全だって分かっているから落ち着いていられる。それもヴォイドのお陰)
彼女の纏う紫色のスキンスーツにはヴァオル・ムルの略号『BLM』の文字がある。国中でも比較的安全性が保障された場所にいる資格をもらっているから冷静に分析ができているのだ。
「すぐに何発か来るぞ。合わせて僕が出る」
少年が発進を告げる。
「周囲に危険な反応はないわ。報道メディアのクラフターが何機か上がってきているみたい」
「またですね。今のところ四艇を確認しています」
「そのまま近付くに任せておけ」
そう言うと少年のヴァオロンは、大通りを行き交う人々や停車して見上げる搭乗者のところへ降りていく。都市の防御磁場が再び光を帯び、誰もが頭を抱えているのに対し彼が「静まれ!」と呼びかけた。
「この攻撃に実害はない。怖れる必要は欠片もないぞ」
外部スピーカーから幼さを残した声が響きわたる。
「軌道上の宙賊どもが圧力をかけているだけだ。彼奴らの脅しに乗るな」
「その意見には賛同する、協定者殿」
「お前は誰だ」
ヴォイドに呼びかけたのは通りで演説をしていた野党議員である。少年は明らかにそこを目指して降下したのだが、空とぼけて誰何していた。
「私は民明党のヘンドリュー・ポーゲン」
彼は名乗る。
「ヴォイド・アドルフォイだ。なにか用か?」
「その紫のアームドスキンはキャリ・ダナ峡谷事件で使用されたものとお見受けする。だとすれば貴殿はあの頃からアタックレーサーを危険視していたのだろう? ならば政府は協定者の意見を無視していたのか。それならば今回の敗戦の責任は……」
「違うな。あれは僕がアームドスキンの運用に関しての誤解からのものだ。申し訳なく思う」
ヴォイドは素直に詫び、見上げている人々はざわめいた。
「それは初耳。だとすれば、事件の真相を政府は把握しながらも隠蔽していたというのだね? これは問題ではありませんか、皆さん!」
「それについては直接謝罪もした。同時に対トゥルーバルで協力する旨も伝えたので不問に付してくれたのだと思う」
「これは奇妙な話ですね。このバルキュラは法治国家。どんな立場にあろうと違法行為に手を染めたのならば罪に問われるはず。もしかして貴殿は政府と何らかの密約でも交わしたのではないだろうか? 例えば技術供与とか」
ヘンドリューは政府と同時に少年をも糾弾しはじめた。
次回 「僕は別にお前の許しなど求めてはいないがな」




