救世主(10)
『ご覧ください! 軍の艦艇から発進したアームドスキンが破壊を始めました! あれは遊興相ヌワサン・ポトマック氏の邸宅です!』
ヘルムートが見ている映像は上空からのもの。報道クラフターであろう。
『ああっ! ポトマック氏が連れ去られます。軍機にこんな暴挙が許されるのでしょうか! VNNは政府に説明を求めていこうと……、えっ? うそ!』
レポーターの目は驚愕に見開かれ、完全に口ごもってしまう。職務を忘れたらしい。
『……た、ただいま判明した情報によると、あの紫色のアームドスキンは協定者の専用機だということです! 政府は協定者をそそのかしてポトマック氏に責任転嫁を……、え、違う?』
女性レポーターは画面外からの指示に混乱しているようだ。
『協定者の行動には何か理由があるものと考えられます。そのことに関して政府を追求し、……えーっと説明責任があるものと思われます?』
しどろもどろだ。方向性を見失っている。
(左派メディアでも、さすがに協定者を悪者扱いするのは避けたか)
ニュース映像を総理と鑑賞していた軍務相は苦笑を隠せない。
(さて、ヴォイドは何をやっているんだか)
協議中に娘のミザリーから連絡が入って、少年が街中へ出ていったと聞いた。何事かと頭をひねっていたら、彼がポトマック邸を襲撃したとの一報。現場を捉えたニュース映像を探して確認していたのだ。
「ヴォイド君、これは無茶だわ」
補佐官は手で顔を覆っている。
「最重要参考人ではあるものの、今のところ証拠が……」
「仕方がありません。終わったことですし、この通りマスコミも強くは出られない状況。利用しない手はありませんな」
「うむ、とりあえず執務室で謹慎させるか」
ハユ総理もヌワサンの処遇を断じる。
「ちょうど戻ったようです」
警備からヴォイドとミザリーの登庁が告げられ、しばらくすると総理執務室の呼び出しチャイムが鳴る。自動的に立ちあがった外部カメラパネルには少年と娘、引きずられて暴れるヌワサンの姿。驚いたことに彼は小さな体で遊興相を完全に取り押さえている。
「戻った。土産だ」
ヴォイドはヌワサンを放り出す。
「総理、何なんですか、この無法者は!? 協定者だとはいえ出鱈目です!」
遊興相は執務卓にすがりついてヴォイドを指差し非難する。顔を真っ赤にして騒ぎたてる様はいささか見苦しい。
「不忠者に無法者と呼ばれたくないものだ」
少年は鼻で嗤う。
「あのねあのね、ヴォイド君。バルキュラは民主国家で法治国家なの。疑わしくても、あまり一方的な拘束はできないのよ」
「そうなのか、ヤカリム」
「も、もちろん君が正しいとは信じているのよ。でもね、その……」
彼の視線を浴びた総理補佐官は弱腰になる。
「理解はしている。だが、放置すれば事態の悪化は免れえない。何らかの措置は必要だ」
「ヴォイド、それは確証があるという意味かね?」
「確証とは言えない」
少年は執務卓のコンソールを示す。σ・ルーンらしきギアで遠隔操作したようで、投映パネルが中空に浮きあがった。
『総統閣下、予定通りの人員を第二迎撃艦隊に潜ませてあります。交戦後、機を見て離反するよう命じておりますので、安心して一斉攻撃を』
『ご苦労だった。可能であればそのまま工作を続けよ。無理であるようなら離脱を許す』
『ご命のままに』
片方は知らない声だが、もう片方は間違いなくヌワサンのもの。本人も顔面蒼白。誤魔化す余地もないとみえる。
「ログは第二迎撃艦隊の出発前のものですな。説明いただけますか、遊興相?」
悪あがきで逃げだそうとするヌワサンを娘の背後で控えていたジビレが取り押さえた。
「これは、その……」
「言い逃れは無理でしょうな。謹慎していただく手筈でしたが、拘束させてもらう」
「この小僧めぇー!」
もがく男は女性護衛から警備の手に渡り連行されていった。直ちに総理も解任を宣言して手続きを進める。ヌワサンは元遊興相になった。
「あれは十分に確証といえるものだと思ったのだがね?」
ヘルムートはヴォイド振り向いて問いかける。
「なぜだ? 通常回線での交信だぞ? 改竄禁止コードさえ噛まされていない。いくらでも捏造できる」
「あのね、ヴォイド。現代にはその『改竄禁止コード』などというものは存在しないの。さっきのは証拠として通用するわ」
「そうなのか? こんなものでいいのなら、いくらでも掘り起こせるぞ」
ミザリーの執り成しに驚くべき言葉を返された。
「ううむ、いくらでもは困るね。過去に妻に囁いた愛の言葉を掘り返されようものなら、私は君の言うことを何でも聞いてしまうよ」
何ともいえない空気が室内に流れたところでヘルムートは軽口を交えてにごす。娘は大丈夫かもしれないが、彼はもちろん総理や補佐官も暴かれては困る通信記録は、今まで食べたフライドポテトの本数より多いかもしれない。
「分からんでもない。自重はしよう」
少年は察したらしく、軽い笑みを浮かべながら言う。
「だが、自重しなくてもいいものも結構あるかもしれないな」
「これは……!」
パネル内の映像が別のものに変わる。
そこには驚愕に値する事実が並べ立てられていた。
次回 「発射されました。着弾まで八十秒」