救世主(8)
「現在は軌道防衛も放棄して降下するよう命じてあります」
軍務相としてヘルムートが指示をした。
トゥルーバルの保有アームドスキンが六千五百以上に膨れ上がり、迎撃部隊の残存数が四千機足らず。戦力比は3:2以下に落ち、戦術や個人技量のデータ流出まで疑われる状況で徹底抗戦など命じられない。
地上に残した千二百を投入しても戦力で劣るとなれば首都防衛が限界である。もし宙賊組織が地方を占領して橋頭保としようとすれば阻止不可能。逆に時間は稼げるが、国民にも多大な被害が出るので動かざるを得ないだろう。だが、今は立て直しが最優先である。
「連中はどう動くと思うね?」
オスコー・ハユ首相が尋ねてくる。
「大気圏まで降下してこないという目算があって指示しました。今回のような大戦力をエネルギー消費が激しい大気圏内で維持しようとすれば補給線の確保が必須となります。数的優位を持つ側がわざわざ弱点を作る判断はしないものと考えます」
「なるほどな。地の利があり備蓄のある我が軍に有利に働くと」
「相手は妄念を抱いているかもしれません。無茶をしてくる可能性は?」
ヤカリム・メルシュタッキン総理補佐官が懸念を口にした。
「否定はできませんが、これほどの規模の組織を維持しようとすればある程度の統制は必要となります。一時の感情で動いたりはしません」
「一理ありますね」
「それに彼らを動きにくくさせる理由がもう一つ」
ヘルムートは指を一本立ててみせる。
「協定者の存在です。これを無視して強引な占領統治へと向かおうものなら国際社会の反発を買い、政権奪取は極めて困難になるでしょう。刹那的な対応は自身の首を絞めると知っているはずです」
「ほぉ。政略的見地も含まれていますが、こと軍事行動関連となると貴殿の右に出る者はいなさそうですね」
ヤカリムは感嘆の息を漏らした。
(あくまで予想だがね。普通はそう考えるというだけ)
彼とて何の懸念もないわけではない。
(仮に軌道上に留まってくれたとしても、そこから継続的に圧力をかけてくるだろう。小競り合いも頻発するだろうし、打開策も講じなければならない)
軍事面以外は権限の及ばない部分。
「外交部分はこちらで動きます。ガルドワとはラインが開かれているので支援要請を行いましょう」
補佐官はさすがに勘がいい。
「ゼムナはまだ遠征に軍を割けるほどには安定していないでしょう。ゼフォーン……、よりはブラッドバウでしょうね。残念ながら我が国は協賛国家ではありません」
「うむ、今以上の軍事面の強化は国民の支持が得られないと敬遠していたが、こんな時に後手に回るとは思っていなかったな」
「アクセスしてみる価値はありましょうが間に合いませんでしょう。当面は自軍でしのぐしかありません。備蓄の確認と供給準備をお願いします」
溜息をつく総理にヘルムートは具体策を挙げていく。
取り急ぎ必要なのは継戦能力の確保。長丁場となっても抗戦しつづけられる状態を作りあげるのが彼の仕事だ。そのうえで具体的な戦略まで提案していかなくてはならない。
(厳しいな。が、挽回できないほどではない。ヴォイドと娘がぎりぎりの線で留めてくれたのだから、私は全力で受け継ぐのみ)
このあとも総理と様々な案件について具体策を練るヘルムートだった。
◇ ◇ ◇
「ざわついているな」
ヴォイドが見下ろしているポート周辺に人が集まっているのにはミザリーも気付いている。
迎撃艦隊のほとんどは軍の宇宙港へと向かったが、ヴァオル・ムルを含めた一部の艦は首都マスバの公営ポートへと降下している。司令官を含めた幹部は軍本部や政庁へと報告に向かわなければならないからだ。彼女も着底したら少年を連れて登庁するつもりでいる。
「敗戦は知れわたっているみたい。不安に感じて集まっているのだと思うわ」
実際は違うと知っているが言いつくろっておく。
「見るからにそうだが、情報ネットワークも荒れているようだぞ」
「あっ、それは!」
報道メディアの投映パネルがいくつも立ちあがっていく。その全てが現状に対し批判的な主張に埋め尽くされていると言っていい。
『このような事態になった以上、ハユ総理の任命責任を問うべきではないでしょうか?』
『事態は切迫しています。現政権は速やかに指揮権を我ら民明党に明けわたし、収拾を図らなくてはなりません!』
『僕ぁ、やっぱり九十年も同じ政党が政権を握っているのは危ないと思うんですよねぇ』
そこには各々に好き勝手な論説を連ねる顔。野党議員にアナウンサー、コメンテーター、自称知識人からただの訳知り顔の芸能人まで一通りそろっている。逆風はそれだけではない。
「軍は市民を守るべく宇宙に戻れー!」
「宙賊を引き込んで国土を占領させる気かー!」
「お前らの中にもトゥルーバルが潜んでいるのではないかー!」
着底を阻止せんばかりに訴える市民団体の群れ。中にはここぞとインカムをつけて政権批判の演説を繰りかえす野党議員の姿。雪崩れこもうとするする彼らを阻む警官と警備員の輪。
(戦力比だけじゃない。わたくしたちは完全に追いこまれてしまっている)
ミザリーの背を怖れが駆けのぼってきて手の震えを抑えられなかった。
次回 「どうも腑に落ちないな」




