救世主(7)
軍への浸透はそれほど上手くいってなかったらしく、敗走した戦闘艦は百九十九隻。六隻が奪取され、うち一隻を撃沈しただけ。
比してアームドスキンの被害は甚大。参戦した六千百余りのうち、帰還したのは四千機に満たない。半分が持ち逃げされ、残り半分が撃破されたか大破以上の未帰還で捕虜にされたと思われる。
「たった一度の戦闘で40%近い損失か」
覚悟はしていたつもりのヘルムートの言葉もつい苦言の響きを帯びてしまう。
「申し訳ございません、父様」
「お前に落ち度はない、ミザリー。ヴォイドのお陰で半分以下にまで削られずに済んだと言える」
彼女のフォローがなければどう戦局が傾いていたか読めない。
「わたくしは彼を止めようとまでしました。足を引っ張っているようです」
「言わんでもいいものを」
素直さに苦笑が漏れる。
(しかし問題もある。彼の行動を見るに、察知していたきらいもあるな。なんの思惑があって背信を許し、それでいて阻止した? どうもちぐはぐだ)
軍務相としては問い質したいところだが相手は協定者。彼の行動指針も理解しているとは言いがたい。どうにも読めない。
「彼はどうすると言っている?」
離脱するならトゥルーバルとの接触も疑わなくてはならない。
「艦隊に合わせて降下すると言っています。何かしなくてはいけないことがあると」
「ならばいい。状況次第だが、一度登庁しなさい」
「はい、可能ならばヴォイドと一緒に」
娘も少年の行動に引っかかりを覚えているらしい。任せておけると感じる。
「それまでにある程度は話をつけておくがね」
「同じようなことがあれば、きっともう無理です」
「対策はとる。安心してくれていい」
一般人のミザリーでも敗走する軍の中で心が折れかけるところだったのだろう。兵士も同じだと感じたはず。次に離反者が出れば終わると思ったのだ。
(現場で肌で感じるものは違うな。方便の軍属さえ戦士の感性にさせる)
通話を終えたヘルムートは対策を練るべく政庁内を移動する。
(ああは言ったが、現実に対策をとるのは難しい。どこまで浸透している?)
トゥルーバル同調者か否かゆっくりと選別している暇はない。
総理執務室への入室許可はすぐに出たものの、中はまともに議論できる状態ではなさそうだった。執務卓に取りついてまくし立てている男がいる。遊興大臣のヌワサン・ポトマックだ。
「知りえなかったものはどうしようもありませんぞ。身分を偽っていたとしてもそれは私の管轄ではありません。法務大臣の責任を問ってください」
「しかし、現実にトゥルーバルの温床となっていたのはアタックレース。貴殿の責任は皆無ではありませんよ」
どうやら管轄省庁である遊興庁の大臣として弁明に来ているらしい。だが、論調は責任放棄か転嫁といった感じを拭えない。見苦しいことこのうえないとは思うが、それを口にするのははばかられた。
「おお、軍務相が来たではありませんか。最も責任を問われるべきは彼でしょう? 部隊編成の責任者は間違いなくフェルメロス殿なのだから」
矛先がこちらに向く。
「無論責任はありましょうな。ですが、今論じるべきは責任の所在ではありません。今後二度と同じ事態を起こさない手立てです」
「そうやって引き延ばしにしてうやむやになさるつもりではないでしょうな?」
「全て片付けてからと言っているのです。もし対策を議論しないで宙賊どもに占領などされようものなら責任をとる前に命が無くなります。その責任はとっていただけるのか?」
あまりにうるさいので論調も喧嘩腰になる。
「そんなもの……」
「そこまでお願いしません。問題視すべき予備役のアタックレーサーはそのほとんどが敵方に回りました。関与していなかったと思われるレーサーも一時拘束しています。おそらく査問ののちに解放することになるでしょう。戦力として考えられなくなりましたから貴殿の地位がこれ以上危うくなる心配はありませんよ」
「だったら……」
更に言い募ろうとするが総理補佐官が阻む。
「もう結構。それどころではありません。諸々は事態収束後とします。軍務相との相談がありますのでお下がりを」
とりあえず首の繋がったヌワサンは、ぶつぶつとこぼしながらも退室に向かう。睨みつけてきたところを見ると、密室で自分の処遇を話すなと釘を刺してきたのだろうか?
(やれやれ、バルキュラ存亡の危機だというのに、ご自分の椅子のほうが重要だとみえる。困ったものだ)
戦後九十年、政権を担いつづけてきたきた新生党の歪みのようなものか。議員の世襲制が慣習化されつつあるのも問題視すべきだろうが、そんなことは後回しにしなくてはならない。
「彼の経歴調査に関しても進めています」
無言でドアのほうを窺っていたのを誤解したようだ。
「ですが今は影響を排除するのが限度でしょう。責任は後に追及いたします」
「いえ、私は特に急かす気はありません。それより重要な案件が山積しています」
「そう言ってくださると助かります」
総理補佐官は露骨に安堵している。
(遊興相も総理や彼女の属するハユ派だからな。私が追及をして派閥の信用が揺らぐようになれば離れる者も出てくるか)
最大派閥の座も揺らぐかもしれない。
くだらない権力争いを頭から振り払ってヘルムートは口を開いた。
次回 「それに彼らを動きにくくさせる理由がもう一つ」




