救世主(6)
まさに蜂の巣をつついたような状態だ。
後方からのビームに貫かれて爆散する機体。あまりのことに動けなくなる者。前方にも敵を抱えて逃げまどう者。制止しようとして反撃を食らう者。戦列など維持できるわけもない。
バルキュラ軍の陣形は崩壊し、薄く拡散しつつある。疑心暗鬼にさらされ、敵でもない友軍機まで攻撃する者が出なかっただけ理性的だったといえよう。
それも、トゥルーバルに寝返った友軍機を早々に排除しようと動いた部隊があっての結果。混乱したままであれば早晩無用な同士討ちが始まったかもしれない。
「なんてことしやがるー!」
怒髪天を衝く勢いのナセールのエンデロイが突進する。
「バカ野郎が! 見境なく撃つんじゃない!」
「違うと思うぞ、ナセール。こいつら狙い撃ちしてるのさ」
「余計悪いだろ!」
状況を飲みこめない。
「寝返ったと思いなさいー。味方を狙っているのは撃破でぇー」
「でも、隊長!」
「よく見るのぉー。味方を攻撃してるのはどんな機体ー?」
ナセールは務めて気を鎮めて目を凝らす。友軍機は一部に過ぎない。ほとんどが予備機だったと思われる真新しいエンデロイ。その他は装甲を強化されたダントリッサーだった。
「こいつら、アタックレーサーか!」
ようやく気付いた自分の間抜けさ加減に呆れる。
「そういうことぉー」
「宙賊に買収でもされたのか」
「そんな単純な話なら割り切りやすいんだけどな」
ザズは言葉を濁す。
「まさか最初からトゥルーバルの一味?」
「気付いたか。お前たちの戦法は筒抜けだと思え。真っ当にいけば撃墜は必至だ」
「ヴォイド君の言う通りー。ずっと潜入工作されてたって意味ぃー」
彼にはにわかに信じられない。全てのアタックレーサーではないにしろ、生まれも育ちも本星であるのを知っている。家族の顔さえ知っている者もいるのだ。
潜入工作だとすれば代々に渡ってずっとこの時を狙いつづけていたことになる。それは可能だろうか?
「止まれよ!」
同じエンデロイに戸惑いつつもビームカノンを向ける。
「聞けねえな、ナセール」
「パルタナぁー!」
聞こえてきたのは幾度も競ったライバルの声。
「なんで裏切ったー!」
「裏切ってなんかいねえって。最初っからてめぇらは敵なんだよ。だから蹴落としてやろうとしてたのに、機を降りれば握手とかお友達ごっこに嫌々付き合っていただけ。笑わせやがる」
「よくもー! 許さんぞ!」
身体がカッと燃えあがる。
「許さねえのはこっちだよ。同胞を冷たい宇宙に追いやっておいて、ぬくぬくと暮らしてやがったお前らなんぞな。どれだけ恨みを募らせてたと思う?」
「そこまでかよ!」
ビームを躱し、ブレードを抜いて斬りかかる。機体の取り回しでは負けたことのない相手。容易に退けられるはずだ。
(ましてや実戦を知らない奴なんぞ、集束刃が怖ろしくて堪んないだろ)
ところがパルタナ機は彼のブレードを身軽に躱すと自身もブレードを握って迫ってくる。
「間合いを掴んでる? 馬鹿な」
唖然とする。
「当たり前だろ。俺らがどんな思いで訓練してたと思う。来る日も来る日もシミュレーションルームで実戦訓練に明け暮れてたんだぜ。ようやくこの日がやってきたんだ。嬉しくて仕方ない!」
「そんなことを?」
「演習映像から割り出したてめぇらの実戦能力をシミュレーターにインプットしてな、ずっと戦い続けてたんだ。俺は何度もてめぇに殺されたし、何度も殺したぜ」
分析を尽くしてきたらしい。それも内側から。
思い返せば納得できる。先遣艦隊との接触でも彼らの手の内は見破られている感触があった。戦列があまり機能していなかったのはその所為だろう。
信じられないほどの数の潜入工作員が日々データを収集してトゥルーバル本隊に送りつづけていたと考えられる。演習実績どころか個人戦績まで分析されていると思っていい。それどころかナセールのような宙士レーサーは実際に対戦して知りつくされていると思って間違いない。
「おーまーえーらー!」
腹の底から怒りが湧きあがり頭の芯まで衝きあがる。
「遊びは終わりだ。あとはてめぇら民主政権のぬるま湯にどっぷり浸かってた甘ちゃんどもを排除すればバルキュラは真の姿に甦る」
「させるもんかよ!」
「止められねえぜ!」
しかし、斬り結んだパルタナのエンデロイは紫のアームドスキンに頭部を蹴り飛ばされる。
「一機に固執するな。まずは陣中から敵性分子を排除せねば完全に崩壊するぞ」
「そうよぉー。弾きださないと前面で挟撃されてる部隊が後退もできないわぁー」
「くっそぉ、憶えてやがれ!」
逃げ出すパルタナ機に台詞を投げつける。
「こっちの台詞だ。今はエンデロイを持ち帰らないといけないから退くが、次こそはてめぇの最期だからな?」
「言ってろ!」
混迷を極める友軍の中を駆け回り、ヴォイドとともに寝返った敵を攻撃する。撃破できたのは一部でしかない。紫の機体を見た敵性分子は速やかに逃げ出していったからだ。
(それでも友軍のダメージは洒落になんないくらいだ)
わけも分からず命を散らした者のなんと多いことか。
奥歯を噛みしめて苦汁を飲みこんだナセールは震える手でフィットバーを握りつづけた。
次回 「言わんでもいいものを」




