謎多き少年(3)
『ハッキングを受けています。プロテクト発動』
コンソールが対処を宣告する。
手をかざしたヴォイドが表示させたのは通常の情報画面。詳しくいえばバルキュラの歴史を記した情報だった。どこにでも転がっているような内容である。
しかし、認証を受けていない状態での閲覧はシステムにとって異常なアクセスになる。それに対処しようとするのは正常な反応だ。
『プロテクト失敗。アクセスを防御できません』
ジビレにとって予想外だったのはここから。
(プロテクトできない? まさか! フェルメロス家のコンソールよ。軍需品レベルのセキュリティが施してあるはず)
それゆえに彼女とて警備上のアクセスキーしか持っていない。閲覧範囲は制限される。
『レベル3以上の情報にアクセスしようとしています。プロテクト失敗。既知の特殊アクセスではありません。強制シャットダウンを実行します』
コンソールは自ら採りうる最後の手段に訴えた。
少年が何をしたのかは分からないが、これ以上の被害はないだろう。ミザリーが何を言おうと彼を尋問しなくてはならない。スパイの疑いも浮上してきた。
『強制シャットダウンを阻止されました。レベル3を突破されています。コンソールを破壊してください! コンソールを破壊してください!』
最上級の警告を発しはじめた。この期に及んでジビレも静観などできない。
「今すぐやめろ、少年! さもなくば撃つ!」
腰のホルスターから抜いたハンドレーザーを突きつける。
「脅しじゃない! 即座にやめて床に伏せろ!」
「やめて、二人とも! ヴォイドもやめてちょうだい!」
令嬢が悲鳴を上げる。
2D投映パネルは動きをやめ、現在は停止状態。しかし、少年はコンソールに触れたままで彼女の指示に従う気配はない。緑の深淵を思わせる双眸が彼女を射抜く。小さな身体が放つとてつもない威圧感に腹の底が冷たくなっていく感じがした。
「わたくし、止めた。問題、有りか?」
「は?」
ヴォイドは初めて言葉を発した。令嬢は病気のようなものだと理解していたようだが、彼は普通に話せるらしい。断片的な単語だけでも、先刻までの意思表示の欠片のようなものに比べればマシといえよう。
「待って、待って、ジビレ! もしかして勉強してたの、ヴォイド?」
ミザリーは少年に抱きつく形で身体を割りこませ銃口から庇う。
「情報から言葉を学ぼうとしてたの? あなたは喋れないんじゃなくて言葉を知らなかっただけなの?」
「学び、肯定。会話、情報足りない。わたくし、言葉必要あり」
「言語を知らない? そんなことがありうるんでしょうか?」
人類圏の言語は統一されている。宇宙開発黎明期にはまだ始祖の惑星ゴートでも幾つかの言語が存在していたが、統一戦争後に今の言語が公用語とされた。その後は他の言語は教育の狭間に消えていって失われている。扱うとしたら言語学者くらいのもの。
「とりあえず目の前の問題を解決しない? なにを聞き出すにしてもヴォイドが話せるようになってからでないと無理だもの」
ミザリーが提案する。
「確かに。ですが、コンソールを使わせるのは危険です」
「ええ、導いてあげないといけないわ。うちの機密レベルの情報を見ても言葉の勉強にはならないもの」
「了解いたしました」
令嬢がジェスチャーでヴォイドに待つよう示す。理解に苦しんでいたような少年も、繰り返される仕草に納得して身を引いた。
「ログイン」
ミザリーがセンサーに指を当て、カメラに瞳の虹彩を読ませる。
『ログインしました』
「状態は?」
『正常です。最終ログインは九時間前です』
「あら」
(さっきの何もかもがなかったことにされてる。どれほどの技術があればそんなことが可能なの?)
超高度なハッキング技術だ。最悪、情報を盗まれたことさえ記録に残らないというのを意味する。
「えーっと、どんなのがいいかしら?」
疑問は後回しにするらしい。
「わたくし、情報、求む」
「それってわたくしの真似をしているのでしょう? 君だとその一人称は変よ。んーっと『僕』ね、『僕』」
「僕、いい?」
彼女は「そう」と応じている。
「はい」と「いいえ」くらいは分からないと不便だからと令嬢は彼に頷きと首を振るジェスチャーを教え込んでいた。ちょっと間抜けな光景でもある。少年は肯定と否定くらいは口にしていたと思う。
「そうねぇ。歴史書とか見ても難しい言い回ししか入ってこないし、ドラマ映像なんかが良いと思うんだけど」
「それでは会話と大差ありませんよ。言葉を知らない者にフィクションは問題あるので、ドキュメンタリ小説とかニュースサイト辺りが順当ではないかと?」
「本当だわ。変な先入観を与えてもいけないものね」
現実的な意見は伝わったようだ。
「じゃあ、いい、ヴォイド? 憶えてね?」
「教え、請う」
適切なサイトを探しあてたミザリーが閲覧リストを作って教えこんでいる。勝手をさせれば怖ろしい少年も、導いてやれば従順な一面を見せていた。
(どっと疲れたわ。一時はどうなることかと思ったけど)
できれば発砲する様など見せたくはない。相手が子供ならなおさら。
忙しそうなミザリーをよそに、ジビレはソファーに背を預けて大きく息をはいた。
次回 「困るか。では作ろう」