救世主(5)
数日が経過し、大艦隊ゆえに動きも鈍かったトゥルーバル本隊が接近してくる。その数百八十二隻。先進国家の戦力規模に勝るとも劣らない。
対するバルキュラ軍は第一次迎撃艦隊の六十隻に併せ、第二次迎撃艦隊百四十五隻をくわえて二百五隻まで膨れあがっている。四十隻の地上防衛戦力を温存しているのを考えれば大戦前ほどの国力はないとはいえ、先進国家の中でも一つ抜きんでた戦力を保有している。
「そのうえ協定者まで味方につけているなら負けるはずがない」
それが政府や軍関係者の見解だった。不安を覚えているとすれば事実を知る総理府関係者と軍務大臣、そしてその娘で従軍高等文官ミザリー・フェルメロスだけである。
「どうしても出撃するの?」
スキンスーツに腕を通すヴォイドに訴える。
「予備戦力として状況を見て必要な時だけ出てもいいのよ。十分な迎撃戦力は揃っているしバルキュラ軍は弱くない。それにトゥルーバルだってあなたが協定者だって知っているんだもの」
「それは難しいのではないかと思います、ミザリー様。彼が出撃を控えれば軍の士気は落ちるでしょうし、敵にも訳ありと知られ侮られてしまうでしょう」
「でも……」
ジビレの言も頷けるもの。
「案ずるな。必要な治療は受けている。人工血液の輸血は毎日受けているし、投薬で代謝を最低限まで抑えている。脳に至っては人体の中でも最も代謝の低い器官だ。すぐに支障が出たりはしない」
「無理はしないで。不調を感じるようならすぐに戻ると約束して。皆には何とでも説明するから」
「分かった。戦況を見て退くから」
あまりに彼女が追い縋るので少年も譲歩してくれる。苦笑交じりではあるが彼の瞳にもミザリーを慮る光があった。
◇ ◇ ◇
『身体状態に問題は?』
ハッチを閉じるとレイデがヴォイドに尋ねてくる。
「モニターしているのだろう。問題はない」
『σ・ルーンを介しても異常は検知されていません。……私を恨んでいますか?』
珍しく人工知能が迷いを感じさせる。
「当然必要な措置だ。状況を思いおこせば慎重な対応をしなくてはならなかった。それは理解している」
『予め真実を告げて自重を促しておけば良かったのではないかと』
「予断の混じった判定になど信憑性はないだろう?」
心底からそう思っている。
「お前たちアテンドが必要としたのは公正中立な判定だ。だから模造創造主を作り出そうなどと危険で無謀な試みに手を出した」
『おっしゃる通りです』
(それだけ現人類にも心惹かれているということだ。主に恵まれたアテンドも少なからずいるという意味。自己判断を信じて進んでもよいものを、足が前に出なかったというのか)
彼も記録に目を通した。
(未だ枷は外れないのだろう。我らがアテンドをどう捉えていたかも想像に至らずか。開門が近い所為もあって不安に駆られたか?)
ならば創造主としてやらなければならないこともある。経緯はどうあろうと自分の精神性はナルジアンと同じである自負もあるのだ。
『σ・ルーンにエンチャント。機体同調成功』
「接続正常。ヴァオロン、出るぞ。ヴァオリー1から8まで放出しろ」
クリスタル接触端子に手を置き、読みとらせる神経電気信号だけでヴァオロンの操作を行う。ヴァオリーからのセンサー情報を集約し、操作円環で全機に随伴を命じた。
(変わらず鈍いな)
敵部隊の侵攻に対し、数的優勢を誇るはずのバルキュラ軍の迎撃陣形が功を奏していない。じわりじわりと接近を許している。なぜ結果が出ないのか思い至れない状況をヴォイドは鈍いと評した。
一次部隊に併せて左方側に位置していたヴァオル・ムルから発進した彼は、迎撃陣北天側から迂回しつつ侵入しようとするトゥルーバルのアームドスキンを撃滅していく。途中でマーキングしてあった友軍機を見つけた。
(いくらなんでも足りないか。動かそう)
必要な措置を講じる。
「ファチネー二金宙士、随伴せよ」
フェンブルという名のアームドスキンに乗る女性パイロットに声掛けする。
「わお、協定者君だぁー。遠慮しないでロミルダって呼んでぇー」
「ではロミルダ、動かせるだけの戦力を右方に動かせ。僕に続け」
「いきなりなに言ってんだよ! 勝手が通用するか!」
批判的な声は確か宙士レーサーの男だ。
「はーい、中隊長に伝えるぅー。うちはヴォイド君に続いて転進ー」
「ちょっと待ってくださいよ、隊長!」
「聞かないー。協定者の裁量権が優先ー」
彼女は従ってくれるらしい。
「独自裁量権の範囲は単機に限るはずですから。オレ、調べたんですよ」
「固いこと言うなよ、ナセール。あいつの尻馬に乗ったほうが絶対に手柄が立てられるぜ。お前が一番欲しがってるもんが」
「手柄ったって奴のほうが上になるじゃん」
もめるなら置いていくかと思いはじめる。
「おっと気付いたか」
「馬鹿にするなー!」
「ぐだぐだ言ってないでさっさと行くぅー!」
ロミルダに叱られている。
変に手間取った所為でタイミング的にはぎりぎりになってしまった。左方に位置していた第二次迎撃部隊の中で怪しい動きが始まる。戦列を成していた部隊が後方からの砲撃で撃破されていた。
「なっにぃ! 裏切り者が出たぁ?」
仰天するナセールの声。
「これかぁー。ヴォイド君、ありがとう。さあ、潰すよぉー!」
「まずは切り離せ。それとフォーメーションをいつもと変えておけ」
ヴォイドは必要な忠告を与えておいた。
次回 「なんてことしやがるー!」




