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ゼムナ戦記  過去からの裁定者  作者: 八波草三郎
第三話

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救世主(4)

 改めて眠らされたヴォイドを病室に残してミザリーは通路に出る。留めていた涙が堰を切ってあふれ出す。目元を拭う手がしどどに濡れるのを感じながらふらふらと歩いた。


「大丈夫、ですか?」

 ジビレも自分の感情を押し殺しながら案じてくれる。

「わたくしたちは彼にどんな罪を背負わせてしまったのかしら?」

「防ぐことなどできませんでした。彼のような存在は想像の外です」

「だからって諦めるのは違うと思うの」

 少年自身に自覚があろうとも。

「どんな食い違いがあろうと言葉を尽くせば解決できると思っていたのは甘かったみたい」

「ミザリー様は努力を惜しんでいませんでした。誠意をもって接していましたから」

「でも、ヴォイドは……助からない」


 事実を認めるしかない。そのうえで何か努力をしたいと思うのだが、頭の中がぐちゃぐちゃで考えるが纏まらない。


「父様と相談します」

 自室のドアの前で目を伏せたまま告げる。

「わたしは外します。軍務相閣下ならば妙案をお持ちかもしれません」

「そうね」

 気休めだと思う。

「ありがとう」


 頭を下げて見送る女性に感謝を伝えて部屋の中へ。涙顔を取りつくろうことさえ考えられない状態でテーブルコンソールの前に座った。

 約束はしてあったので通信は円滑につながる。見慣れた背景は政庁の執務室のものだった。機密回線であるのを確認してから知り得た情報を涙混じりに父に伝える。


「なんてことだ。これでは我がバルキュラはゼムナの遺志に見放される。いや、違うか」

 さすがのヘルムートも混乱しているようだ。

「レイデ殿の判断だったな。ヴォイド君も納得づくか。何ができる?」

「わたくしはもうどうすればいいのか」

「ぐ、手詰まりだ。怒らせたわけではないみたいだが、彼を失えばレイデ殿も離れていくだろう。協定者の存在は早晩知れ渡るはず。結果がこれでは非難は免れないか」

 父の顔色も悪い。

「父様のお立場も理解できます。ですが、今はヴォイドのこともお考えください」

「いかんせん彼が過ちを認め結果を容認しているではどうしようもない。まずは意思を確認するしかなかろう」

「変えないと思います。自らの死を前にしてもあんなに穏やかにしているのでは」


 頑なだと感じた少年の態度は強い意志の表れだと分かった。彼女の言ではくつがえすのは無理だろう。指標だと言ってくれたのだから、あえかな希望を抱けるかもしれないが。


「お前には厳しい役目を任じなくてはならん」

 表情を改めてヘルムートが告げてくる。

「これからの彼の発言を逐一記録しておいてくれ。何もかもがヴォイド君の意思で行われたのを立証しなければならない」

「……無情だと思います。でも、父様の言わんとしていることも分かります」

「お前にしかできない」

 苦悩の果ての懇願を拒める者などいまい。

「承りました」


(なんて業の深い)

 華やかな表舞台に立つフェルメロス家に生まれた以上、仕方のないこと。

(ヴォイドが背負っているのなら、わたくしも背負わねばならないでしょう)

 非情と謗られてもいいから国難を排する努力をするべきだ。心が張り裂けそうに痛んでも。


「彼の傍を離れず役目を全うします。ただ、率直な思いを伝えることは許してください」

「当然だ。そうでなければヴォイド君が遠ざけてしまうかもしれない。思うがままにぶつけなさい。責任は私が全て持つ」


 そこで視線がずれ、待つよう言われると画面はブラックアウト。何らかの報告を受けているようだ。すぐに復帰する。


「第二次迎撃艦隊が大気圏を抜けた。二時間もすれば合流できるだろう」

 実務的な話になる。

「本件に関する全てを国家機密として扱う。私のほうから適当な理由を伝えておくから、協定者としての挨拶や訓辞などは求めないはずだ。適うかぎり彼の負担を小さくできるよう配慮しよう」

「お願いします。わたくしは寄り添って助けていきます」

「頼む。忘れるな。私は必ずお前も守る」


 ことが露見すれば非難はミザリーに集中しかねない。ヘルムートはそれを見越したうえで言ってくれているのだ。


 彼女はもう一度感謝を告げると通話を終えた。


   ◇      ◇      ◇


 σ(シグマ)・ルーンから軽やかな着信音がナセールの耳に響く。思考スイッチで接続すると、学習深度確認用アバターの二頭身3Dキャラクターが消えて小型のパネルが投映された。

 そこにはあまり見たくなかった顔がある。露骨に落胆した青年は苦い面持ちのまま応答した。


「なんだよ、パルタナ。珍しいじゃん」

 何度もぶつかり合ってきたアタックレーサーだ。

「ご挨拶じゃねえかよ。せっかく援軍に来てやったのによ」

「あー、あんたも二次に加わってたのか」

「招集されたんだ。実戦できんのが自分たちだけだと思うな。俺だってやれるんだぜ」


(ろくにビームカノンも握った事ないくせにさ。でかい口叩くのもいいが、いざとなったらケツを捲るんじゃないだろうな)

 ビームの渦巻く戦場が与える恐怖感はレースの比ではない。レーサーがどれだけ役に立つかは未知数。過去の大攻勢における実績はあるものの、当時とは世代が変わっている。


「せいぜい頑張れよ。戦場(こっち)の利点は確実に賞金(ギャランティ)が発生する点だけだかんな」

「抜かしやがる。てめぇこそ吠え面かくなよ?」


(あとで撃墜数でも誇る気満々か? そんなに甘くねえって)


 ナセールはライバルの大口を心の中で笑った。

次回 「どうしても出撃するの?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難うございます。 協定者は周囲も大変だ……。
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