救世主(2)
あまりのことに呆気にとられる。色んな思いが渦巻くが咄嗟に口には出てこない。動揺して護衛の顔を見るが、ジビレも瞠目して固まっている。パネルに表示されたレイデの表情だけが冷静だった。
「そんな重い病気なのですか? 遺跡技術でも克服できないような?」
やっとしぼり出した言葉。
『いいえ、病気ではありません。私が自壊遺伝子を発動させました』
「は? じかい?」
『正常な遺伝子分裂を阻害し、機能しない細胞を生みだす操作です。代謝とともに体を蝕んでいき、いずれは死に至ります』
衝撃的な事実が告げられた。
(どういうこと? ゼムナの遺志が創造主の人種たる彼を殺した? これは造反?)
語りつくされたフィクションのような思考に捉われる。
そんなことはあり得ない。人類の現状を判断させるべく目覚めさせたと彼女は言った。わざわざ殺すために目覚めさせる必要はないのだ。邪魔なら目覚めさせねばいい。
「なぜ?」
『最初からの取り決めだったのです』
無情な宣言
『我ら個は現人類への干渉の判断基準を必要としました。どんな判断が下されるかは不明です。しかし、一つだけ最低限の条件があったのです』
「どんなですか?」
『求めているのは干渉の是非です。現人類の文明に危害を加えるような事態は絶対に避けねばならないというのが全ての個の総意でした』
レイデは理路整然と説明する。
「危害……? あ!」
『はい、一時的に彼は現文明を否定する判断を下し、実際に破壊行動に及んだのです。なので予め準備しておいた自壊遺伝子を発動させました』
アタックレース襲撃後にすぐ発動操作を行ったという。或る波長の電磁波を少年に浴びせるだけらしい。ヴォイドは軽い眩暈を感じる程度だったのではないかと思われる。
その効果が顕著に現れたのが、最も代謝の激しい血液成分。免疫反応なども低下しているはずだが、症状として一番に表れたのが脳への酸素供給の減少だったようだ。
「どうしてそんな真似を?」
ようやく立ち直ったジビレが問いかける。
『総意ではありましたが、最終判断は一任されていたからです』
「そんなことを訊いているんじゃありません! 思い直した彼を……、考え直す可能性を残しておくべきだったんじゃないですか!」
「ジビレ!」
激発した女性護衛を制止しようとするが聞かない。
「なんて無情なことを。説得すれば済むことではありませんか」
『彼は創造主の特質を備えています。阻止しようにも、我らのインターロックが作動して不可能なのです。止めるには排除しかありません。見越しての自壊遺伝子だったのです』
苦肉の策だと訴えているように感じる。しかし、いかんせん声音は平板。あまりに事務的な判断だったように思えてならない。
「そもそも少年を失ってもいいのですか? 彼が唯一の生き残りだといったと記憶しています。それなのに無下にも……」
ジビレは興奮のあまりに涙ぐんでいる。
「彼女のいうのももっともです、レイデ。創造主を自ら排除するなど、そのサポートのために生み出されたあなたがたの分を超えるのではありませんか?」
『あれは偽りです。我らの創造主は絶滅しました』
「はい? さっき創造主の特質ゆえに逆らえないと……」
辻褄が合わない。
ミザリーは少しは冷静に考えられているのが不思議だった。レイデを無情だとなじる権利はないかもしれない。先にジビレが激発したので冷静でいられるのかもしれないが。
『ヴォイドは模造創造主です」
さらなる衝撃発言が飛びだす。
「模造? まさか……」
『創造主であるナルジ人の遺伝子から生みだされた疑似生体。本来の形態に操作をくわえて現人類の形態に寄せて発生させました。なので人類と同じ身体的特徴を有しています』
「そこまで?」
『これが本当のナルジアンです』
レイデが映しだされているパネルの横に別のパネルが立ちあがる。そこには少女と呼んでいい容姿を持つ異文明人類の姿があった。
見るからに幼い容貌に、現人類ではあり得ない緑色の髪を備えている。しかも、肩口から黄色に変化するという特異性。
特筆すべき点がもう一つ。彼女には本来耳がある場所から猫のような三角耳が横に生えている。明らかにゴートではない異星で発生した人類だと実感できた。
『参考にした画像は、ヒュノス、つまりアームドスキン発明者であるギナ・ファナトラ博士のものです。ナルジアンはこれで成人しています』
子供のような姿かたちを持つ種族だったらしい。
『収斂進化により現人類との類似点は多々見られます。ですが、大きな相違点も見られるでしょう。画像では分かりづらいですが、彼らの平均身長は125cmほどでした』
「可憐な姿をお持ちだったのですね」
『遺伝子操作により現代社会への順応性を高めたのち、ナルジアンの歴史や精神性を記憶としてインストールしてあります。姿かたちは現人類と同じですが、彼はれっきとしたナルジアンです』
ゼムナの遺志からすれば、そういう観点で判別されるようだ。
「そこまでしてあなた方は……」
『検証が必要でした。自身にも覚られない形で』
「そうでもないぞ」
ところが、その本人が緑色の瞳を開いて否定してきた。
次回 「騙されたふりをしていたの?」




