救世主(1)
「どうかなさいましたか、高等文官殿?」
ミザリーは第一次迎撃部隊の司令官に心配をさせてしまう。
意識はしていなかったが、それほど顔色が悪いのだろう。メイクで誤魔化すべきだったと後悔する。名目上、協定者側の担当官として司令との協議は不可欠。
「少し問題が起きましたので」
この期に及んで言い訳は通じまい。
「お聞きしても?」
「当面は内密にお願いします。ヴォイドが伏せっております」
「なんと!」
司令にも青天の霹靂だったようだ。
「彼の重要性を再認識したばかりだというのに。負傷したのではありませんでしょう。だとすれば病気か何かで?」
「今のところ不明です。レイデは今のところ問題ないと言っています」
「そうでしたか」
司令は安堵の表情になる。遺跡技術をもってすればすぐに快癒すると思っているのだろう。
「宙賊どもの本隊の接近も気になりますが、半日もすれば第二次迎撃艦隊も上がってきます。協定者殿ばかりに負担をかけるつもりはありません」
責務を押しつける意図はないと言い募る。
「ええ、彼ひとりの力で何もかも解決するとは考えておりません。わたくしも補佐に徹するつもりです。閣下の采配にお任せするのみ」
「ありがとうございます。ですが、彼の状態も把握しておきたいので連絡は密にお願いしたい」
「分かりました。このあと父とも相談する手筈になっております。判断がつき次第、閣下にも知らせしますので」
彼女はすでに分を超えていると感じてやまない。
「あ……、ヴォイドが目覚めたそうです。わたくしはそちらへ」
「では、また」
ミザリーは不安に駆られつつ席を立った。
◇ ◇ ◇
ナセール・ゼアは自室での休憩が終わったあとも立ち直れないでいる。格納庫脇の待機室でも卓に突っ伏したまま。
0.5Gがキープされて、パイロットがくつろげるだけに人が集まってくる。そこでくだを巻いていた。
「あいつ、なんも言ってこないな」
誰ともなくこぼしたのに反応してくれるのはザズくらい。
「あいつってのは協定者様のことか?」
「だらしないとか何とか文句言ってきそうだと思ったんだけどよ」
「そんな器のちいせえこと言わないだろ」
戦友は向こうの肩を持つ。
「器がどうこうじゃなくて本当にガキじゃん。あの時分ってすぐに鼻が伸びるもんじゃないか?」
「育ちが違うって。いくつからゼムナの遺志と一緒にいるのか知らないがよ、しっかり教育されてんじゃね?」
「そんなもんかなぁ」
協定者として長いのなら、それなりに名が売れていなければ変だと感じる。どこにいようが注目を浴びる肩書だ。それとも正体を伏せて活動していたのだろうか?
「神のごとき存在に認められるくらい才能に恵まれてたからって、結構訓練しなきゃあのテクニックは身に付かないと思うぞ」
常識的な見解を言うザズ。
「それこそ、寝てる間に熟練者の技巧が手に入る技術とかあるかもしれないじゃん」
「そいつは便利だな。施してくれるようゼムナの遺志に直談判しに行くか?」
「お馬鹿なこと言ってる時間をイメージトレーニングとかシミュレーションに費やせば追いつけるかもよぉー?」
振り返ると隊長のロミルダが呆れ顔で見下ろしている。
「無茶ですよ、隊長。待機時間まで消耗して出撃かかったら終わりじゃないですか」
「あの可愛い救世主もそれくらい努力しているかもって話ぃー」
そんなわけがないとナセールは手をひらひらさせて否定する。だが、ロミルダは肩を竦めて処置無しというジェスチャー。
「よほど頑張らないとお嬢様の心なんて奪えないと思うけどぉ―?」
痛いところを深くえぐられる。
「う……、隊長まで」
「そもそもお前、協定者様のご登場を願ってるのは別の理由からじゃないのか? 必ず愛しのお嬢様とセットだからだろ?」
「うるせ!」
少なからず図星である。
「えぇー? ミザリーお嬢様に不甲斐ないって叱られたいのぉー? 趣味悪ぅー」
「うわ何言うんですかそんなわけ無いですじゃん」
「動揺してる動揺してる。そっかぁ、ナセール宙士はなじられたい願望の持ち主だったかぁ」
ザズにまで鼻で笑われた。
その場の全員にいじられ続けたナセールはキレて余計に笑われる羽目になった。
◇ ◇ ◇
ミザリーが病室に入ると、上体を起こしたヴォイドがサプリメントを口にしている。手っ取り早くエネルギー摂取をしているようだが、彼女はよくないと考える。
「お腹が空いたならきちんとした物を食べたほうがいいのよ」
腰かけ、投げ出されていた左手に両手を重ねる。
「とりあえずだ。何が起きたのかレイデに聞いた」
「病状は?」
「これからだ」
自分が昏倒したことだけは聞いたらしい。原因の言及には間に合った。これで二度手間で少年に負担をかけずに済むと安心する。
『直接の原因は脳の酸欠です』
レイデが告げる。
「戦闘での負荷の所為? 八機も操るのは無理だったのではなくて」
『無関係です。彼はそれに耐えうる訓練を受けています』
「そのはず。原因は別にあるだろう」
自身も否定する。
『成長期に貧血気味になるのはありがちです。そこへ戦闘による疲労が重なったと考えていますが、もう少し検査を必要とします。今は人工血液の輸血と増血剤の投与で症状は抑えられているはずです』
「うむ、問題ない」
『ですが、しばらくはお休みください』
彼が了解すると、腕に伸びた圧入チューブから睡眠導入剤が投与される。彼女が横たえさせると、少年は安堵の面持ちで眠りに落ちていった。
『お話ししておきます』
「え? なに?」
『彼の余命は幾ばくもありません』
レイデは冷たく言い放った。
次回 「は? じかい?」




