破壊者(12)
翌日、登庁したヘルムートが総理との会談を設定する段取りとなっている。忙しい国家元首相手に相当ゴリ押ししたらしい。待機で終わるだろうとのミザリーの予想を外して、午後一番に会談が実現する運びとなった。
「元首は暇なのか?」
「暇ではないと思うわ」
彼女は失笑する。
「父様は相当重要な案件だと考えているもの。だから無理もするの」
「話を通すだけだ。許しなど不要。勝手に動くのみだぞ?」
「そうはいかないの。参戦しても不明機扱いだと双方から攻撃されてしまうかも」
父の懸念をそのまま伝える。
政庁の廊下を歩いていると奇異な視線を向けられる。場違いな組み合わせなのは間違いない。学童見学の日でもない限り、子供の姿など無い場所だ。
ミザリーがフェルメロス軍務相の娘として顔が売れていなければ制止されるところ。それでも総理の執務エリア内まで勝手には入れない。直前には総理補佐官が待ち受けていた。
「ミザリーです。お話は通っているかと思います」
見知っている顔だ。会見などでもよく登場するメルシュタッキン総理補佐官である。
「あの……?」
「呆けているな」
反応のない女性に声掛けするもどこ吹く風。
「どうなさったのでしょう?」
「視線が気持ち悪いぞ」
「しっ! 言っちゃ駄目」
補佐官は目を見開いてじっとヴォイドを見つめている。
「はっ、わたしは何を!」
「聞きたいのはこっちだ」
「き、君があの……?」
一応は彼女も聞いているはず。
「僕をどう聞いているのかは知らない。話をする気があるのかないのかだ」
「もちろん! こちらにいらして」
「いいらしいぞ?」
怪しげな空気に彼女の頬はひきつる。
(あら、これ駄目かもしれない。もしかして、この総理補佐官……?)
前を行く背中を見ると整っているかに見える。が、首筋が汗ばんでおり、失敗を自覚しているようだ。
(少年に特殊な愛情を向けるタイプの人? たしか普通に既婚者だったと思うのだけれども)
ヴォイドが嫌悪感を抱かないか心配になってきた。
だが、本人の前で注意を与えるわけにもいかない。連れられるままに廊下を進み執務室の前まで到着してしまう。そこへ護衛のジビレを残して入室するしかなかった。
「軍務相も中でお待ちです」
招かれるままにスライドドアの中に踏み入れる。
「来たぞ」
「時間を取らせてすまない。こちらが我が国の元首、オスコー・ハユ総理だ」
「ヴォイド・アドルフォイ。話の筋を通しに来た」
一礼する彼女の横で、少年はあくまで不遜な態度を貫く。
「君がゼムナ人……、ゼムナ文明人と呼ぶべきか。普通の人と変わらんな」
「総理、失礼ですよ」
「う、うむ、よくいらした」
ヤカリムの冷たい視線に気負けしている。
(あ、こんな図式だったのね。父様は情勢絡みの話はしてくださっても、閣僚の方々の話はしてくださらないんだもの)
総理周辺の勢力図を理解する。
(あら?)
気になって視線を移すと少年は素知らぬ顔をしている。しかし、その口の端が少し上がっているような気がした。
(何を考えているのかしら)
不安はいや増すばかり。
「彼女の話は聞いたかね?」
「まだだ」
彼は視線で応じる。
「ヤカリム・メルシュタッキンです。総理補佐官をしております」
「ふむ、よろしく頼む」
「こちらこそ」
促されてソファーに腰かけた。
「レイデ」
『はい、こちらに』
「どこまで話して良いか導け」
応接卓の簡易コンソールから2D投映パネルが一つ立ち上がる。そこには緑の髪に緑の瞳の妙齢の美女。彼女がレイデなのだろう。
「作らせた。このほうが話しやすいだろう」
『わたしはレイデ。ゼムナの遺志と名乗ったほうが通りがよいでしょう』
総理と補佐官は絶句する。畏れを感じているようだ。
「プロテクトなど無意味ですよ、総理。彼女はそういう存在なのですから」
「うむぅ、危機感を拭うのは容易ではないが」
「諦めましょう。今はかのお方のお声に耳を傾けるべきです」
ヤカリムが断じてしまう。
「で、何をお望みか?」
「望みはしない。いや、多少は聞いてもらおう」
「お聞きしよう」
(ここに来るのは事前に分かっていたんだから用意していたはず。ヴォイドは何を望むのかしら。聞いておけばよかった)
緊張でそれどころではなかったのを後悔する。
「トゥルーバルを排除する」
ただ一言だった。
「背中から撃たれなければいい」
「政府としても撃退に向けて軍の派遣を検討している。参戦してくれると受け取っても?」
『主は協定者ではありません。これまでの事例のようにバルキュラの軍務に服する形では協力できないとお心得ください』
レイデの口調は丁寧だが、異論は受け入れない雰囲気がある。
「では、どのように?」
「ヘルムートとの話で決まったのだが、僕は協定者として振るまう。協力者として軍事行動に参加してもいい。命令には従えないが」
『援軍のようなものとお考えください。共同作戦として歩調を合わせるくらいが限度でしょう』
線引きが提示された。
「無論命じる気もないし、その辺りは現場に徹底しようと考えている。そもそも君のアームドスキンと肩を並べて同等の働きをしろといっても、そんな宙士は軍にもいない」
(やっぱり実力差を読み間違えていない。父様のほうが用意周到だわ)
どうやら案内役で終わりそうだとミザリーは思っていた。
次回 「どうだ、ヤカリム?」




