破壊者(9)
ノックするとすぐに応えがあった。軍務大臣ヘルムート・フェルメロスは室内に入って部屋の主に一礼を送る。
「ちょうどよかった。君を呼び出して指示を与えねばならんと思っていた」
オスコー・ハユ総理大臣に面会を求めたのは彼のほう。
「件の映像から得られた情報についてですな?」
「言うまでもない。気付いていないとは言うまい?」
「意味を読み違えれば無能の烙印を押されるのでしょう」
オスコーはヘルムートとは異なる大派閥の領袖。議院内閣制のバルキュラでかなりの要職となる軍務相を他派閥の彼に任じるのは面白くはないのだろう。世論に背を向ける度胸まではないというだけ。
「マスコミは謎のアームドスキンにばかり目を向けておりますな。話題性があるだけに視聴者の目を奪うのに躍起になっているのでしょう」
同意見を持っていると匂わせる。
「その実、あのアームドスキンが相対した敵はトゥルーバル。あの規模の宙賊が本星に攻勢をかけてくるところだったのだ。油断ならん」
「視聴者も馬鹿ではありません。その意味には気付いているでしょうが、我が国の備えには自信を持っている。貴殿の采配に不安を抱いていないと思わせたいのでしょうか?」
「そこまでは驕っておりませんよ」
言い添えてきた女性に微笑で返す。
彼女は総理補佐官のヤカリム・メルシュタッキン。才媛と名高い、総理の派閥の議員である。現在四十七歳とヘルムートの一つ下の年齢だが、国民の人気も高く信頼も厚い。
実際のところ、オスコーは彼女の意見で備えを強化すべきと判断したのだろう。操られているとまでは言わないが、総理の職務の大部分をヤカリムに依存しているきらいがある。
その彼女は年代の近い、同じく国民人気のあるヘルムートに思うところはあるようだ。次期総理の急先鋒と囃されていても、実務に秀でた彼をライバル視しているのかもしれない。
もっともヘルムートに野心はない。自身、二十数名の小派閥の長でしかないし、その派閥も彼を尊敬するという若手が集まって作り上げたようなものである。
「ともあれ、即応体制は備えておいてくれたまえ」
総理は鷹揚に構えている。
「そちらのほうは準備しておきました。編成案を上げさせて現場に指示を送ってあります」
「ポトマック遊興相にも働きかけてあります。いざという時のアタックレーサーの動員体制も整えておきました」
「よかろう。君らを信頼している」
アタックレーサーは予備役的な性質もあり、訓練も義務づけられている。
「それで私のほうの本題なのですが」
「予算かね。ヤカリム君、調整を……」
「そうではなく、午後は現場を空けようと思います。明日には登庁いたしますが」
帰宅を急がねばならなくなった。娘からの報告で、かの少年との繋がりは深くなったと分かったのは僥倖。しかし、それだけに彼の正体とその真意に関して把握しておかないと、どんな変化が待ち受けているか読めない。
「現状をどう思っていらっしゃるのですか?」
ヤカリムが目を細める。
「責任者が現場を離れていい状況だと考えているのなら残念です。あなたは国民の負託に応える意思がないという意味ですから」
「だからこそ急務なのです」
「何事かね?」
問われても困る。確たるものは何もない。
「軍事全ての案件の突破口になるかもしれない面談をしなければなりません。ですが、申し訳ないことながら詳細は今はお伝えできかねます」
「君がそうまで言うのなら急を要する事案なのかもしれんな。どう思うね?」
「軍務相が総理の期待に応える働きをするのを願うばかりです」
彼女は納得していないらしい。
(別に党利にばかりに走っているのではないのだがな。彼女なりに国益と市民の安全に全力なだけだ。少年のことさえはっきりすれば不信感を抱かせる必要もなくなる)
そう考えつつヘルムートは退室を願った。
◇ ◇ ◇
事前に連絡を受けていたのでミザリーは父の帰宅を歓迎する。ヴォイドにも出かけないよう告げてあった。
疲れの色が隠せないヘルムートに食事と入浴を勧め、まずは疲れを癒してもらう。その間に少年には父の執務室に入ってもらった。そこならば機密に関する事柄も問題なく話せる。
「テレーゼは入れないのか?」
「母様もいたほうがいい? 話しづらくはないの?」
意外な疑問が投げかけられた。
「含むところはない。僕はミザリーの家族を一単位と考えて接している。何を聞きたいかも想像は付いているし、理解を得るには頃合いだとも考えている。ならば皆に話すのが筋ではないだろうか」
「そこまで考えてくれているのね」
気を許してくれたのが単純に嬉しい。心が弾んで、いそいそと母も呼びに行った。しばらくして父もやってくる。
「待たせた」
ヘルムートはくつろいだ格好になっている。
「すまないが訊かざるを得ない状況なんだ。君の母親にもコンタクトを取ってみたのだがどうにも繋がらなくてね。直接聞くしかないだろう」
「あれも偽装だからな」
「断言されてもな。ん? こんな時に」
父のコンソールに通信アイコンが点滅している。政務上のことであれば聞かせられないのでインカムを手にした。
「何だね?」
ところがコンソールは勝手にスピーカーに切り替わる。
『わたしはレイデ。連絡を求められたようです』
「おお、貴女がヴォイド君の母親だね?」
『いいえ、わたしはあなた方が「ゼムナの遺志」と呼ぶ存在です』
予想していたとはいえ、衝撃的な事実が告げられた。
次回 「やはりヴォイドは協定者なのですか?」




