破壊者(8)
オズに迷いはある。迷いはあるのは否めないが、それだけでは説明できない。強敵であるのは認めざるを得ない。彼の刻む剣閃を紫のアームドスキンは巧みに逸らし、鳥肌の立つような一撃を見舞ってくる。
(子供だとて侮ればここが死地になる)
そう思わせた。
「退けと言っている」
その声は告げる。
「僕でもこの数を相手取るのは骨が折れる。今なら見逃そう。宇宙は広い。どことなりに移り住んで大人しくしていれば手出しはしない」
「聞けんな。我らの祖国はこの先にある。返してもらわねばならん」
「逃げ出した星に未練か? そこを知らぬ世代が」
痛いところを突いてくる。
「理念と化しているとは認めよう。しかし、憧れを捨てるのは無理だ」
「憧れ? 人はそれを妄執と呼ぶのではなかろうか」
「言わせん。在るべき形に戻すのが使命なのだ」
語気が強くなってしまったのは筋が通っているのを認めたくないオズの心がそうさせたか。
(本当に子供か? 声音と合致せん。まるで老賢者と話しているかのようだ)
見透かされた感がある。
(それにこの熟練度。何もかもがちぐはぐだ)
ビームカノンの筒先が彼のコフトカを捉えて放さない。撃ってくればカノンインターバルの間に間合いに滑り込もうとしているのだが一向に撃たないのだ。つまり、筒先ひとつでオズを牽制しているのである。まるで老練の手管。
それに滑らかすぎる動きが圧力としてのしかかってくる。隙が見出せない。
アームドスキン技術がどれだけ進歩しようと機械は機械である。特有の癖のある動きをする。
機体同調器がパイロットの操作や発する信号を調整して齟齬のない駆動を実現しようが、フィットバーやペダル、σ・ルーンからの動作信号も一つひとつが意志ある独立した操作になる。動作の連続性は取りづらい。
抽象的に表現すれば、グインと動いてまたグインと動く。普通は動作と動作の隙間、動き終わりが隙になるのだ。それがない。
(隙を潰すには年季しかない。σ・ルーンをどれだけ教育できているかが隙のない動作に繋がる。訓練と実戦経験だけで築くものだ)
だが、目の前のアームドスキンは老練の戦士の動きを手に入れている。
「何者だ?」
疑問しか浮かんでこない。
「訊きたがりが多すぎる。詮無いと言っているのにな」
「理解できない相手と対すればそんな反応するしかないではないか」
「うむ、それも道理。原因は僕か」
苦笑まじりの応え。
「ならば喋らせるまで」
「それは無理だ。周りを見ることを勧めよう」
(く、潮時だとでも言うか)
いつの間にか随伴機は全滅している。
(これ以上の消耗は避けるべきだろう。目撃者の存在は危険ではあるが、先遣隊の役目が果たせんでは意味がない)
牽制砲撃をくわえて距離を取る。出足を抑えたというよりは敵機が退くに任せたという感が拭えない。
「名を聞こう」
彼は好敵手と認める。
「知ってどうする?」
「では、次にまみえる時までに答えたくなるだけの準備をせねばならんか」
「もう来るなと言っても無理そうだな」
機体をひるがえした彼は「聞けん」と一言を残す。
侮っていたとは言わないが、思わぬ壁の出現に不安と興奮を覚えるオズだった。
◇ ◇ ◇
ヴァオル・ムルに帰投し、操縦室まで上がるとミザリーの笑顔に出会った。ヴォイドを怖れるでもなく無事を喜んでいるようだ。
「ご苦労さま。ブンデンサー号の船長さんが感謝するって」
彼女の腕に包まれ安らぎを覚える。
「偶然に過ぎない。その感謝は幸運に対して送るべきだな」
「そんなふうに言っては駄目。素直に受け取っておけば相手は満足するものよ」
「では、受け取っておこう。今回支払った幸運の反動がどこかに表れないか祈っておいてもやろう」
皮肉を交える。
「年齢なりの素直さを求めるのは難しいようですよ、ミザリー様」
「困ったものよね、ジビレ。お姉さんが教育し直してあげる」
「もう言わないからやめてくれ。もののついでに人助けをして、それが仇になるのは敵わない」
眉を下げると抱き締める力が増した。
(これの笑顔が指標になるか。いや、僕が喜ばせたいだけなのだろう。本当は守るべきものなど作れば目的にそぐわないのだが、心地よいのは認めるしかない)
見極めるにはまだ材料が足りないとヴォイドは感じていた。
◇ ◇ ◇
無事に帰還した商船ブンデンサー号は期日通りの納品を済ませられた。が、彼らはそれ以上の成果を世間に向けて納品する。
戦闘を録画した映像にマスコミは喜んで食いついた。停滞していた紫のアームドスキンにまつわる新情報がようやく入手できたのは大きい。
ただ、その内容は扱いの難しいもの。アタックレースを阻害した犯罪者であるはずの謎の部隊が今度はトゥルーバルに向けて牙を剥いたのだ。
これをどう見るかはメディア内でも意見が分かれるところ。このまま危険分子として批判対象にすべきか、或いは気紛れながらも英雄視して報道するか。
判断のつかなかった彼らはそのまま中立な立場で伝える方法を選んだ。下手に色を付けて視聴者の反感を買うのを避けたのである。要は日和ったのだ。
そして、その影響は政府にも及んでいた。
次回 「意味を読み違えれば無能の烙印を押されるのでしょう」




