破壊者(7)
部下たちが右往左往している。重力場に異常反応が出ただの、急に戦闘艦が出現しただの、耳を疑うような妄言が飛び交っていた。
(嘆かわしい)
オズ・クエンタムは失望を禁じえない。
彼の属する組織『真なるバルキュラ』は確かに雌伏の時が長すぎた。周辺国の極秘裏な支援があろうと、確とした本拠地や生産設備を持てない状況が拡大を妨げた要因。
本星を占拠した民主政権の取り締まりはもちろん、度重なるゼムナ軍による遠征も組織を疲弊させる。萎んでは膨らみ、また萎んでは膨らむということを繰り返し、ようやく本星を奪還可能な戦力を持つに至っている。
念願の時がやってきたというのに出だしから浮き足だった素振りを見せる部下に失望するなというのが無理な話だ。
確かに九十年は長い。三世代から四世代を経ている。今では三星連盟大戦を経験した者など一人も残っていない。
三十八歳のオズとて祖父母の代が大戦経験者。居場所を特定されれば大軍で包囲殲滅されるのではないかという恐怖から逃げ続ける厳しい環境は人を卑屈にさせる。世代を重ねてそんな性質が染みついていたとしても責められはしない。
(とはいえ、この体たらくはないだろう)
いざという時に実力が発揮できないほど卑屈になっていたでは敵わない。
「落ち着け。敵を恐れるな。我らには負けないほどのの力がある」
彼は低く、良く通る声を響かせる。
「アルミナもゼムナも往時の力はない。ガルドワは干渉してきたこともないだろう? ぬるま湯に浸かって安穏とした生活を送ってきた本星の占拠者だけなら敵ではない」
「ですが戦闘艇の一隻が数分もたずに無力化されてしまいました」
「それが驕りの末路だ。油断もするな」
侮っていた結果だと思っている。
「自分が『コフトカ』で出る。確実に仕留めるぞ」
「はっ!」
敬礼で応じる艦橋クルーの前を通り過ぎる。
オズは隊長機コフトカを駆って無重力に身を躍らせた。主力機である『ドロタフ』二十機が随伴している。
出鼻から部隊回線は混沌に飲まれていた。悲鳴と怒号が交錯し、とても聞けたものではない。事実を確認すべく彼はアームドスキンを進めた。
「敵機は?」
戦闘光を眺めつつ副長に尋ねる。
「確認できているのは五機です」
「五機? 貴官もとち狂っているのか?」
「いえ、入手できる範囲の情報ではそうなのです」
悲痛な声音にそれ以上責めるのは躊躇われる。
「どこの機だ」
「現状、未確認機となっています」
「仕方あるまい。接触して確認する」
接近するだけでなく交戦するべく腹を決めた。
近付いてもなかなか判然としない。ビームが飛び交い、ブレードが円弧を描く。友軍機が爆炎を吐いて撃破されるも、敵機が容易に確認できないのだ。
(あれか?)
視界をよぎる紫光の筋。
(迷彩塗装か。いや、異常に速いだけか)
紫に黒いラインの施された機体がドロタフを斬り裂いて飛び去る。
(見たこともない機種だな。それで攪乱されている?)
特性データが掴めていないために対処が後手に回っているのだと思った。
「それならば!」
コフトカを一気に加速させる。
「ぬぅっ!」
転進した紫光が瞬時に視界を埋める。
勘だけで振ったブレードが抵抗を覚える。フィードバックが敵機のパワーをフィットバーに返してきた。
怖気が走って機体をかがめさせる。いつの間にか背後に回っていた敵がそこを薙いだ。そのままであれば確実に撃破されている。
「なんと!」
苦戦している間に副官のアームドスキンが直撃を食らって閃光と化す。
「これほどか」
随伴してきた部隊が一方的な蹂躙を受けていた。
(なんだ、この気持ちの悪い感触は?)
今までに覚えたことのない感覚にオズは戸惑う。
驚くべき速度で乱戦の中を泳ぎまわる敵機。それなのに同士討ちを気にしているふうもない。射線が一切僚機に向かないのだ。これだけ多くの敵に対すればそちらに気を取られて危うい場面が出ても変ではないのに、そんな気配が全くない。
(まるで一個の意思で動いているみたいだ。それが気持ち悪くてかなわん)
どんな訓練を受けた部隊ならばこんな動きができるのか推測もできない。
(どこかにいるはず。そこか!)
必ず指揮する敵もいると考える。戦闘勘を頼りに回避を続けた彼は離れた位置に黄色いラインを纏う同型機の存在に気付いた。
黒いラインの機体が向ける砲口に両腕をクロスして擦りあげながら脇にショルダーアタック。反動で流れるままに自機を敵隊長機に向ける。警戒した追撃はない。
(その驕りが身を滅ぼすぞ)
右手のビームカノンを一射して牽制。間合いに入ったところでブレードを突きいれた。透過性の黄色い剣身に芯を逸らされ隊長機には届かない。
「寡兵で挑むとは良い度胸だ」
彼が確認しても確かに他四機しか見えなかった。
「何者かは知らんが敵するに値する」
「大口だな。僕には死にに来たとしか思えないが?」
「……!」
(子供だと!? いったいどうなっている!)
口調は落ち着いたものだが、声音には幼さを感じさせる高音が僅かに混じっている。それが彼を戸惑わせる。
オズが振り下ろす剣筋は迷いに揺れた。
次回 「訊きたがりが多すぎる」




