破壊者(2)
ヴォイドを伴って入ったリビングにはテレーゼがいて手招きしてきた。母にも父ヘルムートからひと言あったのだろう。
メインパネルに映し出されていたのはキー局の放送だったので、ミザリーは国営放送に変える。民放では訳知り顔のコメンテーターの雑音が多いので少年が気分を害してしまうかもしれない。
政府報道官による会見の様子から始まる。その間に母がヴォイドにお茶やお菓子を押しつけている。おっとりとしたテレーゼが焦ったり難しい面持ちをしているところを見たことがない。だから父も安らぎを覚えているのだろう。
少年の表情も和らいできた頃合いに映像が始まった。冒頭は彼女も見逃していた先頭集団の様子である。
まだレースも序盤のこと、逃げ切りを演じていた三機も無理な速度で飛ばしている。うち一機が画面から一瞬で消えた。再び捉えられた時には大地に叩きつけられて部品を撒き散らしている。蹴ったまま叩き落とした紫のアームドスキンの所為だ。
「ねえ、ヴォイドはこれに乗ってるの?」
テレーゼも父に事情を聞いたらしい。
「ヴァオリー2、子機だ。これには乗っていない」
「子機? どういうこと?」
「その名の通り遠隔操作可能な機体。操っているのは僕だが中身は無人」
ミザリーは「無人機……」と言葉を失う。
アームドスキンに無人機という思想はない。兵の消費を伴わず、大量生産を可能にする。軍部が真っ先に考えそうなものだが実用化されることはない。
戦闘の自動化は困難を極める。なぜなら動作パターンの精細化と、その解析対処といういたちごっこの繰り返しになるからだ。事実上、無力化されるのである。
少年の挙げた遠隔操作も現実的ではない。戦場には『ターナ霧』という電波攪乱物質が散布されるので電波は阻害される。リモートで操作できる距離には限度があり、これもまた現実的とはいえない。
「特殊な仕様なの?」
彼女は疑問をぶつける。
「レースコースにはターナ霧が散布されないから?」
「ターナ霧? ああ、ヘスタロン分子のことか」
「ヘスタロン……」
理解の及ばない単語が出てくる。
「電磁波変調分子をそう呼んでいるのだろう?」
「ああ、そうか。普通に名前として使っているけど、ターナ博士が解析して実用化したからだものね」
「名前の常識など立場によって変わるものだ」
ミザリーもそれは理解していた。ヴォイドが予想通り、異なる文明の出身だとしたら違う名前を使っていても変ではない。
「ヘスタロンの干渉は受けない」
少年はそこで一拍置く。何か情報検索しているようだ。
「ヴァオリーにはフレニオン受容器が搭載されている。時空外物質にヘスタロン……、ターナ霧は作用しない」
「それは確かだけれど、時空間物質干渉波の検出装置は巨大なはず。アームドスキンに搭載なんて……」
そこまで考えて気付く。ヴォイドの操っているのは、ゴート人類圏が扱っている物より先進的な技術が用いられているのだ。
(思ったより大変な状態なのかもしれない。彼がもし異文明人の調査員だとすれば、わたくしたちの技術が遅れているのを知られてしまった)
最悪、侵略を受ければ一方的に蹂躙される可能性も出てきた。ヴォイドへの対処如何で情勢が変わるかもしれない。
そうしているうちに先頭集団の三機はあっけなく破壊されてしまう。場面は大集団を形成していた第二のほうへと移り変わった。
俯瞰の映像に変わる。幾つも飛んでいたプローブカメラの一台だろう。三機の紫のアームドスキンが飛びまわる上空に、黄色いラインの入った同型機の姿が捉えられている。
「あのヴァオロンに僕が乗っている」
少年が指差す。
「肩の筒がフレニオン発振器だ。あれで遠隔操作している」
「ヴォイドが一人であの三機を動かしていたの? それはすごいわねぇ」
「特殊仕様なのは認めよう。僕一人が最大限の武力を持とうとすれば、こんなシステムを構築するしかないのだ」
テレーゼは感心しきり。
(でも、今大事なことを言ったわ。ヴォイドは一人だって。つまり急がなくても彼一人を得心させることができれば危険は回避できる)
人類圏各地に少年のような存在が配置されている可能性も捨てきれない。しかし、そんなニュースは確認できない以上、彼だけの可能性が高い。
「どうしてこんなことをするの?」
映像では第二集団との戦闘が開始されている。
「アタックレースは君にとって許しがたい行為なのかしら?」
「象徴的であると判断した。人類はアームドスキンを私欲を満たすことに利用している。僕にとっては認められない事柄なのだ」
「私欲と言われれば否定できないわ。でも、一面的な見方だと思わない?」
そこだけを切り取られたのでは堪らないと思う。
「象徴的と言った。無論武力として捉えているだろう。それは構わない。だが、解釈を拡大させて自儘に扱うのであれば、それは過ぎた行いだと考えている」
(何にでも使っては駄目ってこと? ヴォイドはアームドスキンを思想的な存在だと捉えているってことかしら? 好き勝手に使っているから怒ってる?)
少しずつ少年の思考を理解しつつあるとミザリーは思っていた。
次回 「あらあら、怒っちゃったのね、ヴォイド」




