謎多き少年(13)
恥も外聞もなくペダルを蹴りつけて後退する。得られた時間に周囲を確認すると、紫にブラックラインのアームドスキン三機がダントリッサーを圧倒している。
レース用機体とはいえ、特に格闘戦に適した強靭なアームドスキン。軍用機と遜色ない性能を有しているのに歯も立たない。
そして上空を確認すると、そこには紫にイエローラインのアームドスキンが見下ろしてきている。見たこともない機種だが、ブラックラインと同型機なのは間違いなさそうだ。
大きな違いはない。ただ、ショルダーユニットから大振りなパイロンアンテナが屹立している。その意味がナセールをおののかせた。
(もしや、こいつ一機で他の三機をコントロールしていやがるのか? いくらなんでもあり得ないだろ)
怖ろしい推測ばかりが頭をよぎる。
「うひ、目が合っちまった」
イエローラインが組んでいた腕を解く。
イオンジェットの黄色い光を瞬かせると一気に降下してきた。振りかざされた拳を腕で受けると、とてつもない衝撃がナセール機を襲う。
「なんてパワーしてんだよ!」
応えはない。
「だが、格闘してくれんならオレにも勝ち目があるぜ!」
腰に溜めた拳をアッパー気味に繰り出す。半身になった相手はカウンターで肘を飛ばしてきた。手の平で受けて上に逸らすと、引き戻した拳を今度はフックで脇腹をえぐりに行く。その一撃も裏拳で叩き落された。
(ちぃっ! これほどかよ!)
打ち上げてくる膝を両手で止める。伸びてきた爪先に、さらに下がりつつ腕を絡めて取ろうとする。決めたと思った瞬間に側頭に回し蹴りが迫っていた。
パルスジェットを全開にして衝撃方向に機体を逃がす。モニターにはかなり乱れが生じるも頭部を吹き飛ばされずには済んだ。
「くっそぉ! ブラックラインほど動きは早くねえが、こっちは格闘にも強いってのか!」
ブラックラインなら対等以上の接近戦ができると感じたが、イエローラインにはあしらわれている感触がある。
「いったい何者なんだ、お前は! トゥルーバルの尖兵か?」
あいかわらず反応は薄い。
(こいつには誰か乗ってる感じがする)
耐衝撃性を測れる一撃は入れられないが無茶な加速はしていない。
(想像通りだとしたら、こいつは俺とやり合いながら他の相手もしてやがんだぞ。もし、他に意識を割かれていなけりゃどれだけ強いんだっつーの!)
イエローラインが参戦してきたあともブラックライン三機の動きは落ちていない。制御しつつ彼と戦っている可能性もあるのだ。
(冗談じゃない。メインレースに出るようなトップレーサーの面々がもう残り少ないときた)
既に無事なダントリッサーのほうが少ない。
(本気でヤベえ。こいつがトゥルーバルの機体だったらバルキュラはもう詰んでる)
本心からそう感じてしまう。
他のレーサーもやられてしまえばナセールはこの怖ろしい敵を四機も相手しなくてはならない。確実に終わると思った瞬間、峡谷から望める空に多数のアームドスキンが飛来してきた。
「助かった」
格納庫待機組が駆け付けてくれたらしい。
「来てやったぞ、ナセ……。げほぉー!」
「瞬殺かよ、ザズ!」
ブラックラインの一撃に沈んだ戦友の機体が部品を撒き散らしながら落下していく。彼の実力がとりわけ低いわけではない。他の救援機も次々と戦闘不能に陥っていく。
(とんでもない戦闘力だ。これは惨劇じゃないか)
人型をした機体の腕や脚、胴体がバラバラになって落ちていく様はこの世の地獄に見えた。
そうしている間もイエローラインとの格闘は続いている。
彼が振り下ろした裏拳は掌底で突き払われる。掌底は手刀へと変化して鼻先をかすめていった。ひと息ついたと思いきや、その時には膝が鳩尾を突きあげている。
「くはっ!」
真正面からの衝撃の揺り戻しで背中からパイロットシートに打ちつけられた。
視界がちかちかと瞬く。頭を振って視力を取り戻すと、モニターいっぱいに手が見える。そして加速感。危険を察知した時には機体全体が大きな衝撃に見舞われていた。地面に打ちつけられたのだ。
(マズい!)
時すでに遅し。一度引き上げられたダントリッサーの胸部に膝が押しつけられ、そのまま再び地面に叩き落される。
ナセールの意識がもったのはそこまでだった。
◇ ◇ ◇
ヴォイドは周囲を見回す。動けるアームドスキンはヴァオロンと、彼のコントロールする子機型アームドスキン、『ヴァオリー』三機だけ。
(くちほどにもない)
戦闘記録では八十二機の機体を戦闘不能にした。
(たった三機のヴァオリーを使っただけでこれか)
多少の疲労は感じる。しかし、無理をした印象は皆無。
新たなアームドスキンが投入される気配はない。浮いている物といえば監視用のカメラらしき小型機のみだ。彼はそちらに向く。
「人類よ、省みるがいい」
重々しく宣言する。
「人を模したものは貴様らの我欲を満たす玩具ではない。過ぎた道具は身を滅ぼすと知れ」
全てを排除せねばならないと感じている。
(む?)
その瞬間、少年を眩暈が襲う。
(まだ目覚めて間もない。本調子ではないか)
ヴォイドは体力増強の必要性を感じていた。
◇ ◇ ◇
(この声、ヴォイド……)
ミザリーは精神的衝撃を受けて絶句する。
少年の憤りを思い出し、彼女は確信した。
次は第二話「破壊者」