謎多き少年(12)
「いったい何が起きたの?」
「お待ちを」
ジビレが警戒しつつ、インカムに耳を傾ける係員に注目している。
「先頭集団が何者かの襲撃を受けたようです。出せる機体を準備しているので閣下は退避を行ってください」
「いや、ここで指揮を執る。待機している宙士レーサーに命令を出せ。緊急対応だ」
「了解!」
ヘルムートは随行している次官に命じた。
先頭集団を追っていたプローブが攻撃されたのかホロビジョンも途絶えている。現状の把握が難しい以上、無闇に移動して状況が掴めなくなるのを父は嫌ったらしい。
(父様が本気の顔をしていらっしゃる。これはそれほどの事態なんだわ)
緊張感が徐々に彼女の身体も蝕んでくる。
「トゥルーバルか?」
「偵察に緊急発進させましたが、今のところは把握できません。しかし、機影は少ないようです」
「モニター、回せ」
父の指示で偵察機のガンカメラ映像が回ってくる。
「なんだと!?」
「あっ!」
画面が一瞬紫を捉えたかと思うとすぐに立ち消えた。
◇ ◇ ◇
時は遡り、第二集団。
ナセールのダントリッサーはパルタナ機と対峙している。その脇を二機のアームドスキンが通過していった。
「お前、組んでやがんな?」
「なんの事だ? 知らんな。俺はお前の相手で手一杯だ」
彼が示唆したのはタッグという戦術である。選手同士で融通して、単機もしくは数機で集団の足留めをし、他の機体を先行させてゴールを狙わせる手法である。
(こいつは審議対象ぎりぎり……、いや確実に審議になるな)
ナセールはそうにらむ。
タッグは反則行為。戦術的には有効な手段で、宙士としては忌避する意識はない。ただし、レースとなれば話は別。
そんな行為が横行すれば、レース展開は予想できる範囲となる。レース外で誰と誰がグループを形成しているかで、誰が抑え役で誰が差し役か判別できるようになる。そうなればレースに波乱は起きづらく、娯楽としては面白さが半減する。そういった理由で違反行為とされている。
しかし、その判定は線引きが難しい。現実にはジャッジがレース展開を観察していて審議をするかどうかの判断を下すしかないのである。
「あとでどうなるにせよ、果たしてお前がオレを抑えきれるのかよ?」
「そいつはやってみねえと分からんだろうが!」
パルタナが吠えると同時に寄せてくる。
「かかってきやがれ! って、はぁ?」
「ぐわっ!」
「誰だ!」
何かがパルタナ機をさらっていった。
(何がきた? 全然見えなかったぞ?)
完全に視界の外からの攻撃。自分が受けていたかと思うとゾッとする。
「何番機だ? 違っ!」
黒いラインの入った紫の機体がパルタナ機を大地に打ちつけている。
「ダントリッサーじゃないだと? いったいなんなんだ?」
コクピット内にけたたましい警報が鳴り響く。
「レース中止ぃ!? 何が起こってる!」
コンソールに真紅の文字が躍っていた。
無線にほうぼうから悲鳴と破砕音が入ってくる。アームドスキンを停止させて周囲を見回すとそこは戦場と化している。並走しながらの格闘ではなく、真っ正面からの戦闘が行われていた。火器と切断武器が使用されていないから、ぎりぎり実戦ではないと思える思える程度。
「くるか?」
ナセールは腹を決める。これは格闘ではない。戦闘だ。
破片が飛び散り、激突音がこだまする。一機を破壊するに及んだ紫のアームドスキンが彼のダントリッサーに向かってくる。
拳を固めたナセールが迎え撃つも、振り抜いた先に相手はいない。σ・ルーンを介して入ってくるセンサー情報に背筋が凍る。蹴り抜くがごとくペダルを踏み、何とか後退して拳撃を躱した。
「おい! とてつもなく速いじゃないか!」
相手の動きを目で捉えきれない。
「どんな反重力端子出力にしたらそんな動きができるんだ! お前ら、自爆したいのか?」
人間の耐えうるGを超えている。とても長くは持たないはずだ。
(トゥルーバルの新型機か? 奴ら、しばらく大人しくしてると思ったら、こんなもんを隠し持ってやがったのか)
見たこともない機種に疑問ばかりが湧いてくる。宙士である彼には仮想敵であるトゥルーバルの存在しか想像の範疇にない。
「ぶち壊しやがって、くそがぁー!」
一人のレーサーが、彼と対しているアームドスキンに組み付いた。
「いいぞ! そのままだ!」
「やっちまえ!」
不明機の頭部を掴むと引き寄せ、思いきり胸部に膝を打ちつける。かなりタフな機体らしく装甲は破壊できない。だが、ものすごい衝撃音がした。
(すぐには動けないだろ。ここで畳み掛ける。まずは一機)
両拳を固めて振り下ろす。
(なにぃ!)
紫のアームドスキンは組み付いていた機体を剥がして蹴り飛ばすとナセールの一撃を躱す。とてもコクピットに衝撃を受けたばかりの動きとは思えない。
(どうすればあんな動きができる? どんな奴だって脳が揺らされて視界も怪しくなるほどの衝撃だったはずだぞ)
理解が追いつかない。
その間にも不明機はあり得ない加速でナセール機に接近してくる。飛んできた膝を手で流しながら肘を入れる。しかし、その瞬間にまた相手は脅威の加速で消えていた。
(人間には耐えられない加速や耐衝撃だと? まさか……)
無人機という単語が意識に浮かぶ。
ナセールは上空から感じた気配に戦慄を覚えた。
次回 「格闘してくれんならオレにも勝ち目があるぜ!」




