謎多き少年(11)
今日のメインレースはキャリ・ダナコース。アタックレースの中でも最も難易度が高いとされる峡谷コースだ。
複雑なキャリ・ダナ峡谷を縫うようなコースを七周してのゴール。一部は人工的に掘削した峡谷があり、そこがスタートとゴールになっていて観覧席も設けられている。
(絶好調だ。もらったぞ)
ナセールは笑いが止まらない。
今は二十一機中の八位。スタート直後としては破格の位置につけている。
これも格納庫の様子が影響しているのだろう。一着候補と目されている彼が並々ならぬ気迫を見せたところで、他の選手が戦術を変更してきたのである。
逃げに徹したのが実にたった三機。他は抑えめにしてナセールを含めた第二集団を形成している。互いに牽制しつつライバルを蹴落とそうと虎視眈々と狙っている状況だ。
(オレにとっちゃ申し分ない状況なんだぜ。真っ向からどつき合いで勝負を決めようって展開なんだからな。こっちのフィールドで勝負してくれるなら余計な体力が要らないときてる)
無理な加速をして寄せる必要がない。相手が待っているのだから。
「ずいぶんと大人しいじゃん、パルタナ。どんな風の吹き回しだ?」
メインレース常連株に話しかける。
「うっせ。てめぇの所為だろうが。せっかくのレースに変な色を付けやがって。きっちり落とし前を着けてもらうかんな。覚悟しろよ」
「へぇ? もしかして徒党を組んでオレを蹴落とす気か? やれるもんならやってみな」
「接近戦が得意だからってここで好き勝手できると思うなよ。広い宇宙でドンパチしてるてめぇらと違って、こちとら叩き上げのレーサーなんだよ。キャリ・ダナだって庭みたいなもんだ」
パルタナは専業レーサー。ずっとアタックレースで生きてきた男。それでも追い込み型で勝負しているのだから彼も格闘には自信があるのだ。
視界が悪く、左右に高低に制限される状況で地形を把握しているのは大きなメリット。ナセールも頭に入れているつもりだが、パルタナのように身に染みついているとは言いがたい。
(ヘビーなレースになりそうじゃん。大歓迎だけどな!)
ナセールは周囲に目を走らせてアームドスキンを加速させた。
◇ ◇ ◇
ヴォイドには姉っぽく振る舞ってアタックレースの何たるかを語ったが、ミザリーとてそんなに深く知っているわけではない。レースの様子は上空から追っているプローブカメラの映像で見えているものの、ナセールたちが第二集団を形成しながら牽制しあっているのが不思議でならなかった。
「あんなに競争相手がいっぱいなのに、どうして格闘にならないのかしら?」
疑問を口にする。
「タイミングを計っているのです。レーサーたちはコースを知っているので、自分に有利な状況で仕掛けようとしているんですよ」
「それも駆け引きなのです、お嬢様。特に職業レーサーは仕掛けどころの地形を把握しておりますので」
ジビレに続いて係員も教示してくれる。
「そうだったの。わたくしが余計なことを言った所為でおかしな空気になっているのかと心配しました。自意識過剰で恥ずかしいわ」
「あー……、それは何とも言えませんです、はい」
「ミザリー様、確実に影響しております」
余計に恥ずかしくなるミザリー。
観覧席上空には立体映像で先頭集団、第二集団の状況が投映されており、観客は熱狂しながら見上げている。第二集団でもぽつりぽつりと戦闘が起こり始めていた。
「きゃっ!」
小さな悲鳴が漏れる。
「あんなに急に岩の柱がそそり立っているものなんですのね?」
「驚かれましたか? あんな感じの状況こそが戦闘に適した環境なのです。ほら、全体に荒れてきたでしょう?」
「本当だわ」
各所で格闘戦をしている。脱落機もちらほら。
「こんな地形が自然に生じているからこそ、このバルキュラではアタックレースが盛んに行われているのです」
「そうなのですわね」
「観光資源にもなっている。我が国が本場だからな」
父親が言い添えてきた。
アタックレースそのものは他国でも行われているが規模は小さい。それもほとんどは人工レース場が使用されており、バルキュラのような天然の要害で行われていることが少ない。だからこそ本場とされている。
「バルキュラは地殻変動が激しい国。緑豊かで資源も豊富なのは始祖たる移民団も喜んだのだが、開発の天敵となった大型肉食獣と、大地震とかの災害にはかなり悩まされたと歴史書には書いてあるだろう?」
それはミザリーも学んでいた。
「はい。免震構造技術が発達したのもそのお陰ですね」
「それも産物になったからな」
激しい地殻変動が険しい岩山の連なりや、深く長い峡谷も生みだしてきた。そんな地形がアタックレースを生み、今ではバルキュラを支える一因となっているのだから人間というのは逞しいと感じる。
「頃合いですよ、ミザリー様」
レースは進み、第二集団も淘汰されて数を減らしてきている。
「そろそろ抜け出して先頭集団を追いかけはじめる者が出てくるはずです」
「ここからが面白いところですよ、お嬢様」
「あら、そうな……、え?」
ヘルムートの顔からホロビジョンに目を転じた瞬間、その背景が真っ赤に染まったのでミザリーは激しく動揺した。
次回 「トゥルーバルか?」