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ゼムナ戦記  過去からの裁定者  作者: 八波草三郎
第一話

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謎多き少年(10)

 ヘルムートはヴォイドを追い出したりはしなかった。尊大な態度に怒ったりもせず、彼が心変わりをするのを待つと言ってくれる。

 母のテレーゼは「反抗期かしら?」と的外れなことを言いつつもミザリーと一緒にできるだけ優しく接する。男の子がうちにいるのが楽しくもあるようだ。


(長期戦覚悟で頑張ってみるしかなさそう)


 幾度も父との話し合いに応じるよう翻意を促すがヴォイドの冷めた瞳はそのまま。そうこうしているうちに一週間が過ぎてミザリーは父親と観戦に赴く日がやってくる。因縁のアタックレースである。


「行ってみない? 一緒には観られないけど、格納庫(ハンガー)に伺ったりするときは同行できるから」

 誘いかけてみる。

「レーサーたちの一生懸命な姿を見てほしいの」

「その努力はどこを向いている。賞金か? 結構な額だったな。興味もてない。それに所用があるので別行動をさせてもらおう」

「そう?」


(残念。熱気に触れれば見方が変わるかとも思ったんだけど)

 彼の口調が厳しくなっていた。やはり原因はそこらしい。ヘルムートの横でレース場の係員に案内されながら、朝の会話を彼女は思い出していた。


 格納庫に到着すると皆が起立で迎えてくれる。敬礼をしている者が宙士の兼業レーサーなのだろう。こざっぱりしたスキンスーツの優しげな青年が不動の姿勢で待っていた。


「頑張っているかね?」

「お目にかかれて光栄に存じます」

 順番のきた青年は緊張を顔に貼り付けたままで背筋を伸ばしている。

「ナセール・ゼア宙士ですよ、父様」

「ほう?」

「ご存じでいてくださいましたか」

 大げさなことに瞳を潤ませている。

「先週のレースを観ていました」

「げ!」

「その……、わたくしを?」


 彼自身も中継でどんなシーンが抜かれたか知っているらしい。顔面が真っ赤に染まる。身体を縮こまらせて「恐縮です」と俯いた。

 スキンスーツは薄さ4mmの中に防刃耐衝撃防曝の機能を封じこめているアームドスキンパイロット用のシリコンスーツ。ナセールの筋肉質な身体の線を浮き立たせていたが、今は恥ずかしげに揺れている。


「ほう、君は娘を見初めたのか」

 ヘルムートの顔が悪戯げな色を帯びる。

「は、一年前の慰労パーティーの折りにお話しさせていただいて以来、女神のごとき方と崇拝しております」

「ふっ……、らしいぞ」

「そんな。わたくしは普通の女ですのよ」

 失笑混じりの父の脇腹に肘を突きいれる。


 腹をくくったらしいナセールは引き締まった表情に戻り、堂々とした態度で見つめてくる。父が嫌いではないタイプの男らしく、興味深く観察している。


「本日の勝利を貴女に捧げます」

「あら」

 真摯な瞳は揺るがない。

「楽しみにさせてもらう。もし、表彰台の一番上にのぼれたら娘にキスの一つも送らせればいいかな?」

「そんな、滅相もない! いえ、喜んで!」

「あはは……」


 思春期の少年かと見まがうばかりの反応にミザリーも好感を覚えた。


   ◇      ◇      ◇


 周囲のレーサーが(余計なことをしてくれた)といった目で窺ってくる。それほど気合いの入った表情になっているのだろうか?


「よう、頑張ったじゃないか」

 控室からやってきたザズが背中をどやしつける。

「あそこで退けば男が廃る。恥はかき捨てだ。ここで決めなきゃ何のために血反吐はくような訓練に耐えてきたか分からないだろ」

「いや、俺は普通に生活と市民の安全のためだけどな」

「裏切るなよ!」

 立場を私物化していると思われるのは不本意だ。

「しかしな、お前。全国中継であそこまで吹いちまったんだから、これで負けたら恥ずかしいじゃ済まないんじゃないか? 完全に笑いもんだ」

「オレの気合いを挫きにくるんじゃない! 自分を追い込んででも結果がほしいんだ」

「せいぜい頑張れや」


 戦友と拳を合わせてからパワーストラップを掴む。スイッチを握りこむと、彼のダントリッサーのコクピットへ繋がるキャットウォークまで吊り上げてくれた。


 パイロットシートに身体を預けシリコンスリングのベルトで固定する。自動的に立ちあがった2D投映コンソールに起動操作を行い、各部の状態をチェックする。問題なしと判断したナセールはハッチ前で待機している整備士(メカニック)に親指を立てて見せた。

 ゲートをくぐらせてスタート位置までダントリッサーを歩ませる。投映された、まだ緑色のスタートランプをにらみつけた。


(一世一代の大勝負。絶対に勝ってみせる。そんでミザリー様に連絡先を聞くんだ)


 不純な動機というには純情な思いがナセールを衝き動かしていた。


   ◇      ◇      ◇


σ(シグマ)・ルーンにエンチャント。(スリー)(ツー)(ワン)機体同調(シンクロン)成功(コンプリート)

 ナビゲート音声が彼と機体の接続を伝える。頭に流れ込んでくる拡張感がそれを証明していた。

『「ヴァオロン」正常起動を確認しました。以降、制御下に入ります』

「今のナビゲートはなんだ?」

『現代で採用されている手順です。的確な表現だと考え、採用しました』

 女性の音声で彼女(・・)が告げてくる。


 ヴォイドの緑色の瞳が怪しげは光を纏ってモニターをにらむ。徐々に開き始めている発着口のの向こうには青い惑星(ほし)の大地が広がっていた。


(現人類には思い知ってもらわねばなるまい)


 少年の乗るヴァオロンの背後で三対のカメラアイがまばゆい光を放った。

次回 「へぇ? もしかして徒党を組んでオレを蹴落とす気か?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……某・テレビ番組の、屋上から叫ぶアレ?
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